グラビティボルト

AIR/エアのグラビティボルトのレビュー・感想・評価

AIR/エア(2023年製作の映画)
3.8
徹底的に技巧を抑え、けれど編集で笑わしてきて、ちゃんとシナリオは予想外の方向へ語り、役者は脇に至るまで魅力的、パワフルな開拓の精神も兼ね備えたアメリカ映画で、アカデミー賞だった
「アルゴ」よりも遥かに熱量が高いと思う。
マット・デイモンを主演にして徹底的に
アフレックが脇に回ったのが良かったのかな。

会話劇、電話劇でありながら人物の内面に向き過ぎない作りと語りになっているから抜けが良い。
ジェイソン・ベイトマンとデイモンが夜のオフィスで語らう場面、「家に帰らないのか?」と問いかけるベイトマンに対して眼を合わせずさり気なくデイモンは話を逸らす訳だが、ここで本作の
マット・デイモンがボーンシリーズから直近の傑作「スティルウォーター」までに一貫して演じた「家に帰らない(帰れない)男」として成立してしまう。
彼が演じてきた何処か虚ろな人物像にフィットした役柄だったんだなと確信出来る。正しくマット・デイモン映画だ。

あと、いよいよジョーダン一家相手のプレゼン!大一番!というタイミングで、
それまでアイレベルで平坦に撮っていたナイキ本社ビルを森の中に立っている様がわかるように俯瞰気味に撮っている。
これ、単なる起伏の為の選択かなと思いきや、クリス・タッカーのテンション高めな「近くの売店」のジョークを回収する為のショットになっている。
他にも、クリス・メッシーナ演じるヒステリックなジョーダンの代理人が激昂して「俺、エアジョーダンって言ったよな!」と怒鳴るとナイキ本社内の誰もいない談話スペースに切り替わったり、
役者の芝居、台詞と呼応したリズミカルな編集でショットと役者の双方が活きる映画になっている。

あと、アフレック演じる木偶の棒っぽい
CEOが、デイモンに向かって
「お前、最近走ってる?」と問いかけると、デイモンの中年太りがよく見える引きのショットに切り換わって、彼が気まずそうに目線を下ろす辺りも軽いユーモアセンスが作り手に根付いてる証拠。

上述したように、ユーモアセンスのズバ抜けた映画なのに、アメリカ活劇として締める所はちゃんと締める辺りも最高だった。
特に、マイケル・ジョーダンの顔を敢えて映さない戦略が見事。
観客から観てどんな顔をしているのかわからない天才に対して社運を賭けたプレゼンをしなければならないという、否応ないスリルが増すし、特にリアクションのないジョーダンに向かって御為ごかしや称賛ではなく歴史が証明した「真実」をキーワードにべしゃりまくるデイモンのハッタリ振りなんか、思わず手に汗握るし、罰金を払うと聞いてなかったアフレックの間抜け面で笑わせてくれるのも良い意味で隙が無い。

終盤、ヴィオラ・デイビス演じるジョーダンの母親がある権利を主張してくる展開で、デイモンがナイキ復興の為の挑戦者から会社という権威側の人物にスライドする語りも現代性と意外性、ギャンブラーからサラリーマンまですんなり演じきるデイモンの資質を信頼しきった構成だったし、何よりヴィオラ・デイビスの曲がらない信念と子への愛を体現する佇まいには心底惚れ惚れした。

冒頭からラストまで適材適所で、瞬間最大風速を何度か起こしてくれる見事なアメリカ映画。豊か。元気。