ジャン黒糖

AIR/エアのジャン黒糖のレビュー・感想・評価

AIR/エア(2023年製作の映画)
4.2
俳優のベン・アフレックが2015年の『夜に生きる』以来8年振りに監督し、製作と出演も務めた実録お仕事映画。
昨年観た映画のなかで一番スカッとしたものの、実話ならではの細かい描写に色々と耳を取られた作品でもあった!ケド、やっぱめちゃめちゃ胸熱くなったで!

【物語】
1984年、バッシュの市場トップシェアはコンバース(54%)で、次いでadidas(29%)、NIKE(17%)。
売上の大半をランニングウェア・シューズで占めるNIKE社内でバスケ部門はお荷物部署扱いだった。

NIKEで事業立て直しを図るソニー・ヴァッカロはバスケに関しては若手の才能発掘センスは、あるが、ラスベガスのカジノに行っては擦るような人だった。
ある日ドラフト3位でシカゴ・ブル入りが決まっていたマイケル・ジョーダンの大学でのプレイを見てとあるアイデアが浮かぶ。
それは、マーケティング予算を満遍なくドラフト下位の選手数名に割く事業方針ではなく、まだ無名の新人選手であるジョーダン一択でアプローチをする、というものだった…。

【感想】
昨年観た映画のなかでも、一番スカッとした!
我々はNIKEやadidas、コンバースが世界のマーケットでどのような位置付けとなっているか、マイケル・ジョーダンが如何にバスケ界において偉大か、そしてエア・ジョーダンがその後のスポーツブランドの勢力図をどう塗り替えたか、ある程度知っている。
その点において、ソニーを中心としたNIKEが賭けたこの大博打の結末はハナから予想できる。

ただ、この映画の先の世界を知っているからこそ、本作はフリが利いている。
冒頭から1984年当時におけるNIKEの市場シェア、社内におけるランニング部門との格差が、手際良く分かりやすく描かれる。
(といってもNIKE自体はその時点で創業して20年経ち、世界にサプライチェーンを持つ巨大企業で、フィル・ナイトは充分大富豪だった訳だけども笑)

また、博打好きで他部署との揉め事の多いソニーの人柄も、マーケティング責任者のロブ・ストラッサーが言う様に社内的に厄介者扱いではある。
当時上位指名のバスケ選手はコンバースかadidasと契約するのが定石だったし、ターゲットとなるマイケル・ジョーダン自身は当時NIKEに興味すら持たず、adidasと契約するつもりだったという。

バスケ事業の市場シェアも社内ポジションも、ソニーの人柄も、目標たるマイケル・ジョーダンも、とにかくこの先のためのフリ要素として利いている。


そしてこの映画はそんなフリをより効果的に見せる描写として、「わかる人はわかる。見ている人は見ている。」といった瞬間をよく描く。

たとえば他部署の人たちがいかにドラフト下位選手から予算に見合った数名を獲得できるか議論しているとき、身長や試合での獲得点数など、目先のデータだけで評価している姿を見てソニーが「ゴンザカ大学がどこか知ってるか?」と語る場面。
この質問をソニーはまた別の場所で、ある人物に問うのだが、そこでの反応を見ると、ソニーの同僚たちがバスケ部門にいながらいかにバスケの一丁目一番地、本丸に注目出来ていないかがわかる。


そして、これらフリと、「見ている人は見ている。」の最大の見せ場がマイケル・ジョーダンへのプレゼン場面。


長年NBAオールスターの靴として君臨し続けてきたコンバースや、ストリート人気の高いadidasは、確固たるブランドがあったからこそ、自分たちのブランドの靴を選手にどう履いてもらうか、が企業側、事業側のミッションだった。

それに対するNIKEのアプローチは違った。
まさにJUST DO IT、「You're remembered for the rules you break. That's how I built this company.」とソニーに語ったのはフィル・ナイトだ。
マッカーサー元帥の言葉を引用した彼のセリフには、NIKEが創業以来持ち続けた(けれど会社が大きくなるにつれ忘れかけていた)スピリットを感じさせる。

靴は所詮ただの靴に過ぎない。
そんなただの靴と、それを履く人を結び付けるようにストーリーを描いたとき、ブランドが生まれる。
ジョーダン以外の選手だったら成立しないという確信がソニーにはあった。
ジョーダンが履いたからこそのエア・ジョーダン。

それまでずっと描かれて来なかったジョーダンの姿が、ここで遂に当時の映像によって描かれる一連の場面は、自分は世代ではないもののスラムダンクがきっかけでバスケを始めた若い頃を思い出して、ジョーダンの知っているエピソードに胸が熱くなった。

そして、誰よりもジョーダンのことをずっと見てきた親が、そんなNIKEのアプローチに対して「将来スターになると信じてやまないジョーダンがバッシュを履くこと」の意味を考え抜いた条件提示をする。
これがあったからこそ、ジョーダンは単なるNBAスターに止まることなく、スポーツブランドのマーケティングの在り方さえも変える巨大な存在へとなり得た。
のちにコービー・ブライアントやレブロン・ジェームズなどがNIKE、adidasで自身のブランドラインを持つ様になった、その先鞭として、やはり彼の存在は偉大だ。



ただ、本作を観ていてモヤついた部分もあり。
あえてジョーダン役の人を映さなかったのは、最大の見せ場の効果を上げるためには必然だったと思う。
その一方であえて映すもの、映さないもの、が透けて見えてしまうのが本作においてノイズなようにも感じた。

たとえば本作は冒頭から1984年とわかるように当時の雑誌やスナック商品、ドリンクなどの小道具が次々と映され、これ見よがしな感じに物語とは関係無しについ目が釣られてしまう。

また、一方であえて映されない、描かれない出来事も多く、個人的に気になったのは、主人公たちの周りで仕事している人たちとの関係性やプライベート、そして彼らのその後だ。

思わず胸が熱くなったジョーダンへのプレゼンに向けた休日出勤場面は観ていて楽しかった。
ただ、作劇上仕方ないことかもしれないけれど、NIKEの上位層の役職者数名だけでプレゼンチームが組成されているのはいくら映画とはいえ気になった。
自分たちにとっても例のない契約形態を結ぶにあたっては当然リーガルが必要だし、ロブが1人で紹介ビデオを作ったとは思えない笑

彼ら主要人物たちの情熱ある仕事ぶりの背景には、それをサポートしたメンバーが絶対いただろうに、本作ではサポートメンバーの存在感は皆無に近いほど背景化してしまっている。
そのため、無事契約が決まってソニーの周りのフロアの人たちも含めた全員で喜ぶ場面は、「いや、みんな何に喜んでるか伝わってるのかな…」と気になってしまった笑

ただでさえ、ソニーがロブたちに黙ってジョーダン家に凸ったとき、ソニーのデスク付近にいた女性も不在理由をあまり把握してなかったぐらいの職場だし、ドラフト下位選手をマーケ予算分で満遍なくとりあえず契約しようとしてた役職者がいるような事業部門なのに!笑


あと、これは深掘りしても解は無いだろうけど、劇中女性で見せ場があるのはマイケルの母くらいで、NIKE社内の女性社員や、ソニーらの妻たちの様子はほとんどなく、かなり男臭い社会だけで終始しているのも気になった。
マイケルの母が常識にとらわれない、聡明な方だったからこそ、なんとなく良かったけど(彼女を演じたヴィオラ・ディヴィスの存在感は流石過ぎる)、2020年代に作る実話モノとしてはやや危うさを感じるバランスのようにも感じた。



また、描かれない出来事、でいえば彼らのその後もそうだ。

実は本作のあとソニーはNIKEを解雇され、adidasやasicsと仕事をしたことや劇中には触れられていなかった離婚経験などを考えると、本作では情熱的な彼のマインドが必ずしも全正解ではなかったことが伺える。

また、マーケティング責任者だったロブ・ストラッサーと、エアジョーダン1をデザインしたピーター・ムーアはNIKE退任後、adidas関連の仕事をするようになる。
ピーターは本作では駐車場でスケボーをする変なおじさん、として描かれるが、彼はNIKE退職後ブランドコンサル会社を設立し、その後クライアントであるadidasを象徴する、あの超有名なマウンテンロゴをデザインするというから驚きだ。

このように、本作で熱心に大博打に挑んだ彼らはその後必ずしもNIKEに残り続けてはいない。
この点をあまり言及しなかったのは、鑑賞後ニワカながらに色々調べた内容とのギャップを考えると若干モヤモヤした。



ただ、じゃあ本作がつまらない映画かといえばそんなことはなく、いままでのベン・アフレック監督作と比べても恐らく一番観やすく、万人にオススメしやすい快作だと思った。

流石はベン・アフレック。
この、NIKEの一発逆転劇をとても魅力的に描いた最大の功績は、役者陣を魅力的に映したことに他ならない。

ソニーを演じたマット・デイモンはジェイソン・ボーンの面影もなく、『フォードvsフェラーリ』のキャロル並みに人間くさい魅力が良かった!
スポーツギャンブルのあとにオールインベットしちゃう浅はかさよ!笑

この、彼の博打を受け入れたマーケティング責任者のロブ・ストラッサーを演じたジェイソン・ベイトマンは、やや暴走気味なソニーをマーケターの目線から諌める同僚として彼もまた魅力的。

そして久しぶりに映画で観た気がするクリス・タッカーが演じたのはソニーの上司ハワード。
ソニーが好き勝手暴れられるのも、影武者的にときには客先へと行脚したり、ジョーダンたちの顔色を伺って咄嗟にジョークのネタや話すトーンを調整する彼らのサポートがあってこそだと感じた。
『ラッシュアワー』に代表される彼の喋りは流石過ぎる。

そして、NIKEの代表フィル・ナイト。
ベン・アフレック演じるフィルは、創業して20年、大きくなった会社の代表として見ている景色も大きく変わった。
その一方で、ソニーたちと過ごした時間やスピリットを忘れていない。
東洋思想的な考え方や、東海岸ではなく生まれ育ったオレゴンに本社を置く拘りなど、この人自体がやっぱ掘れば掘るほどの魅力ある人だよな。

そしてそして、個人的には本作で一番チャーミングだなぁと思ったのが、ジョーダンのエージェントを務めたデビット・フォークを演じた、何気にベン・アフレック監督作の常連となりつつあるクリス・メッシーナ。
実際のデビット・フォーク本人はNBAにおいて大きな権力を持った存在だったというが、本作の彼は憎めない。
ソニーとの電話での下ネタ暴言混じりの応酬は最高だし、かと言ってちゃんとソニーを信頼して情報を小出しにしたりする。
彼なくしてエア・ジョーダンは生まれなかったというのはマジで過言ではないと思った。
クリス・メッシーナのキレッキレな演技がとにかく最高だった。



と言う訳で、役者たちの演技アンサンブルがあってこそ、この一発逆転劇がぐいぐい引き込まれたし、80年代ポップミュージックの流れるサントラも最高。
そして何より、時代を変えた瞬間の凄さを感じた。
ソニーのスピーチの場面、最高でした!
自分はこれ大好きっす。
ジャン黒糖

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