ジャン黒糖

わたし達はおとなのジャン黒糖のレビュー・感想・評価

わたし達はおとな(2022年製作の映画)
4.4
だいぶ喰らってしまった。
なんなら、2022年公開映画の当時のマイベスト10を更新したくなるほど、ちょっと自分には突き刺さり過ぎた1本。

【物語】
大学でデザイン専攻の優実には、演劇サークルに所属する直哉と恋人として同棲していた。
ある日、妊娠が発覚した彼女は直哉に打ち明け、一時は受け入れた2人だったが、徐々に想いにすれ違い・衝突が生じ始め…。

【感想】
この映画を"女性の逞しさを描いた"と一言で表すにはやや雑過ぎるし、誤った表現な気もする。
ただ、ひとりの女性が親元を離れ、好きな人と付き合っては別れ、やがて自分自身もいつかは親となるその過程のなかで、主人公の優実が成長する瞬間がこの映画には描かれているように見えた。
それは、彼女が話す直接的な言葉ではなく、普段からしている何気ない、でも実家で暮らしていた頃だったら出来ていなかったある日常的な行動によって彼女がまさにもう"おとな"なんだ、ということが映像的に伝わる。

人生、夢を追いかけることも大事。
でも、夢を追うだけでは人は生きていけない。
自己実現のためには日常生活という絶対的な基礎の積み重ねが必要。

ご飯を作る、洗濯物を回す、掃除をする。
当たり前だけどこうした日々のルーティンの積み上げのうえに、夢に向けた活動がある。

自分自身、結婚してから子供が生まれ、育児をしながら仕事に日々追われるなかで、妻を見ていて一番感心するのは、この当たり前にある日々のルーティンをこなす力だったりする。
仕事が忙しいとつい自分は「今日残業で帰り遅くなる」と、家庭を疎かにしてしまう。
でも妻は働きながらも、子供のための時間、家族への食事の準備、寝かしつけ等欠かさずしてくれている。

言葉では妻のこうした日々の姿に「苦労かけるね」と言うのは簡単。
でも、妻の日々の苦労と自分自身の仕事の忙しさを、同じ土俵にあげて全部をうまくバランス持ってこなすのはなかなかに難しい。

なぁんて、本作の主人公ら20代前半に比べたら全然年上な自分ゴトについても考えながら本作を観て、正直自分はかなり喰らってしまった。

主人公・優実は、実家にいた頃は自炊もおそらくほとんどしたコトがなかった。
父は一人暮らしする娘の家賃を負担したり一応は進路を応援しているものの、妻の一件もあっては嫌味な冗談を娘にこぼしたり、実は娘のデザイン専攻の道も将来の就職のコトまでを考えると全力では応援出来ていないことも薄っすらと透けて見える。

父のそんな想いも、ある程度わかっている優実は久しぶりの帰省で父に一人暮らしのこと、大学生活のこと、彼氏のこと、についてそれぞれ伝え方を使い分けている。
ここがめちゃくちゃリアル。
元カレに対する態度を見るに、彼女自身、視野狭窄的に過ごしてしまっている残酷さを孕んでもいるし、女友達との処女卒業をめぐる話は男として聞きたくない!笑


そして直哉。
彼は結局、相手をいくら言葉で「わかる、わかるよ」と声掛けても本音の部分ではまったくわかっていない。
関係が修復できるできないの話以前に、彼は優実の想いを本当の意味では理解できていない。
この直哉を演じる藤原季節がまぁリアルのなんの。あんた最低!(つまり映画的には最高!笑)

旅先でのベッドで行為をした後の会話、受付での妙にテンションの温度差を感じる空気感、優実を劇場に連れて行ったときの態度、元カノとの決定的に何かが欠如した会話…など挙げればキリがないほど本当最低!(つまり略)

この男、優実に対し論理的に物事を諭しているように見えて本質的には優実の想いを理解していない!


終盤描かれる一連のシーンでは、そんな、ディスコミュニケーションぶりがもはやホラー的といっていいほど、恐ろしさをもって描かれる。
役者って本当にすごいな…


本作では現在と過去回想を画面比率の違いで描き分けるのだが、この終盤になるとホラー的な現在の場面に、時折"おとな"とはまだ距離のある無垢なままだった2人の回想が差し込まれるのがより強烈なインパクトとして残る。

からのエンドロール。
正直、優実にこれから待ち受ける出来事は前途多難だとは思うが、ただその場面だけはカーロ・ミラベラ=デイビス監督の『Swallow/スワロウ』のエンドロール的というか、セリフは無くとも、日常の所作行動に"おとな"としての矜持を感じた。

元々は舞台などを手掛けてきたという加藤拓也監督。
いやーまたすげぇ楽しみな監督が増えた。
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