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ナショナル・シアター・ライブ「善き人」のtaruponのレビュー・感想・評価

4.3
最後若干変化があるものの、ほぼ3人が特に衣装替えも舞台装置の変更も無く会話劇で演じていく。主人公のジョン(デヴィッド・テナント)以外は、エリオット・リーヴィー、シャロン・スモールの2人が男女を越え複数の役を演じ分ける。
例によって、余り前情報を入れていなかったため、最初の方こそ、話を掴むのに若干の戸惑いは感じたが、すぐにその緊迫した会話劇の中に没入できる。

ホロコーストや、第二次世界大戦でのユダヤ人にまつわるエピソードに触れる作品は数多く見てきていると思うが、おそらく普通の良識あるドイツ人がナチスの網にどのようにはまっていったのか、その視点から描かれるものは初めてだと思うし、とても新鮮だった。

ジョンは大学教授でもともとユダヤ人の親友もおり、ヒトラーの考え方や政策は、バカげていると思っている。こんなこと一時のことで、長く続くわけがない、そう思っていても立場であったりもろもろ世俗的な事情でナチスの親衛隊として動くことになり、不本意に思うこと、立ち止まる機会は何度もあるが、保身と虚栄心等から自分の中に沸き起こる違和感に蓋をしてナチスの一員として動くことになっていく。

ジョンは平時で見たら、自分勝手ではあるけれど、悪い人ではないのだと思う。悪意で動いているわけではない。
認知症を患う母に対する対応も、ADHD的症状を示す妻への対応も、本人的には誠意を持っているつもりだが、自分のことが結局優先されていく。そして、ユダヤ人の親友への対応も、結局自分の目の前にある課題が優先されて、二の次になったあげくに悲劇につながる。
でも、ジョンみたいな部分って、私自身も含めて皆多かれ少なかれ持っている要素。そして、こういった明確な悪意のない行動の積み重ねによって、ヒトラーの暴走が許容される社会ができたのだと思うと、異常な人の暴走よりもより一層の恐怖を感じる。

終盤に近付くにつれ、息苦しさが増してくる。特に、ジョンとユダヤ人の親友モーリスとの会話が辛い。
特に、冬の公園でのモーリス役エリオット・リーヴィーの表情をアップで見られるのは、NTLとして映像化されたからこそ。

インターミッションで、いろいろな人のインタビューを盛り込んだ作者のC・P・テイラーに関するショートフィルムが見れたことも良かった。
作品に対する思いやメッセージをより考えるきっかけとなった。
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