たく

キリエのうたのたくのレビュー・感想・評価

キリエのうた(2023年製作の映画)
3.7
トラウマを抱えた女性が持ち前の歌で前に進もうとする姿と、彼女と固い友情で結ばれた女性との関係を岩井俊二らしい叙情漂う雰囲気で描いてて、それをアイナ・ジ・エンドの癖の強い歌唱の魅力が支える。3時間が長かったのと、終盤がダレたのがちょっと残念。途中のある場面は人によっては見てられないだろうし、論争を巻き起こした「すずめの戸締り」より直接的表現でこれ大丈夫か?ってハラハラした。しかもこのシーンやけに長かったし。広瀬すずの女子高生役に全く違和感がないのは凄い(「水は海に向かって流れる」でも思った)。

「キリエ」はキリスト教の祈りの言葉の「主よ」で、ミサ組曲(レクイエム)に必ずと言っていいほど出てくるし、本作でもキリエ・エレイソン(主よ憐れみたまえ)の言葉で歌われてて、信心深いキリスト教信者であるキリエの家族を象徴してた。冒頭が街並みの俯瞰映像で始まるのは岩井俊二のトレードマーク。本作はその前にオフコースの「さよなら」のさわりが出てきて、この歌詞がラスト(=本作のテーマ)に繋がるのがジーンときた。

路上生活しながらストリートミュージシャンとして暮らすキリエと自称する女性の前に、偶然通りかかった逸子と名乗る女性が現れてキリエの歌に惹かれて自宅に招き入れる。逸子は偽名で、実はキリエ(路花)の高校の同級生の真緒里。ここから現在と二人の高校時代、キリエの小学校時代の3つの時間軸が入れ替わりながら物語が進行し、うかうかしてると人間関係が行方不明になる。現在と過去がリンクするのは「ラストレター」なども同じだった。

逸子がキリエのマネージャーとなって活動するうちに歌の魅力でファンを増やしていく中で、逸子の素性が判明する展開がスリリング。ここから彼女はいったんフェイドアウトするんだけど、キリエが彼女を信じて待ち続けるのが泣ける。本作に出てくる男たちは夏彦の優柔不断キャラを含めて皆なダメダメで、逸子の行動はそれを逆手に取ったということかもしれないけど動機が不明なのが微妙。フェスで現場の使用許可取ってないのはさすがにまずいし、キリエの歌の魅力の前に公権力の無力さが顕になるというステレオタイプな描き方はしっくりこない。これらのモヤモヤをラストのキリエの雪上の歌で全部持って行くのは見事にやられた。
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