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PERFECT DAYSのほのネタバレレビュー・内容・結末

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
4.4

このレビューはネタバレを含みます

あ〜〜とても大切な映画に出会ってしまった。
淡々と繰り返す毎日にキラリと光るディティール。ずっとこの世界に浸っていたい、と妙に満たされた気持ちになったのは、ジム・ジャームッシュの『パターソン』を鑑賞した時の感覚が思い起こされる。

余韻から醒めきらず、映画の帰りに一緒に観た友人とポテサラをつまみにお酒を呑んだ。

『パターソン』もそうだが、ルーティンワークの美学を感じる。
霧吹き、玄関脇の簡素な棚、自動販売機、車の中で聴くカセット、トイレ清掃、銭湯と居酒屋。休日にはコインランドリー、カメラ屋、古本屋、行きつけのママの店。
配偶者や親友などはいないようだが、仕事仲間や居酒屋の常連たちとぽつりぽつりと言葉を交わす日々。
言葉でなくても、トイレの戸棚に挟まっている紙に見知らぬ誰かと丸バツゲームを文通のように続けたり、公園で踊るホームレスのおじさんを見かけたり、公園で横に座るOLと微妙な距離感でランチをしたり、他者の存在を感じながら、ひとりで生きる日々。
まだ明けきらない空を見上げて頬をゆるませる。

自分には到底たどりつけない境地のような気がするが、役所広司演じる平山の精神的な独立には憧れざるをえない。
精神的にこう生きたい、と思う。

そのルーティンを壊すように妹の娘のニコが家出してくるわけだが、少しだけ平山のバックボーンが浮かび上がる。
妹やニコが住んでいる世界と、交わらない平山の世界の話。私はなんとなく、未来に向かっていく世界と、今を刹那的に生きる世界の対比を思った。

「こんどはこんど、いまはいま」
とニコに言うシーンがあるが、平山はいつもその瞬間を生きており、未来の約束をしない。冒頭のシーンから平山は家のドアに鍵を掛けない。ニコが来たときだけ、鍵を掛けている。平山には守るものがないのだと思う。わざとらしくなくそれを描くのがすごい。
影や木漏れ日というキーワードも「今」を強調しているように思えた。
居酒屋のママの元夫と影踏みをするシーンで、人間の影と影が重なって濃くならないなんて、変わらないなんてあり得ない、と珍しく熱くなる平山には、人との交わりを諦めきれない人間の必死さのようなものを感じて胸がキュッとなる。
ラストシーンの役所広司の泣いたような笑ったような表情でさらに胸が締め付けられる。あのクライマックスは主演男優賞ですわ。

私は普段、電車や高速道路から灯りがついた豆粒のような家々やビル、車を見て、世界にはこれだけの人が住んでいるのか、と恐ろしい気持ちになるのだけど、
この映画を観てる時に、そのひとりひとりが淡々と、うつくしく、少しでも幸せに生きていたらいいなとなんとなく思った。

序盤、公衆トイレの見本市のような映画だな、と思ったら「The Tokyo Toilet」というプロジェクトの一環で製作された映画らしい。納得。よくみると、ファストリの柳井氏が製作に入っている。柳井氏がそんなことをやっていたとは知らなかった。

シャンテで観たけれど、まわりのお客さんが笑っていて良かった。こういう映画館すきだな
ほ