はぐれ

About Dry Grasses(英題)のはぐれのレビュー・感想・評価

About Dry Grasses(英題)(2023年製作の映画)
4.1
『雪の轍』のヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督の最新作。芸術家への夢に破れトルコ東部の片田舎で燻ぶる中年教師の話。

つかないでいい嘘、語らないでいい真実、夢想家の左翼、達観主義の無党派、大地を覆い隠す雪原、大地に茂る名もなき枯れ草。アナトリアの幻想的な大自然と濃厚で偏屈な密室の会話劇。この対極な構成がいかにもジェイラン節だよね。

牛を治療してあげた男に自分の犬を殺された獣医。しかしそれが人間だと言い切るたくましさ。登場人物が皆、何かしら嘘をつき自己防衛と利己主義に走る中、この獣医だけが唯一共感が出来る人物かも知れない。あとは主人公も含めて絶対に友達になりたくない癖のあるキャラクターばかり(笑)

誰も芸術家にはなれない。金持ちのためにジャガイモを作るだけ。これ、監督自身の心の叫びだよね。もちろん刃の切っ先はジェイラン自身に向けられている。パルム・ドールも獲り名声を得たものの世間一般が持つジェイラン調を作品に求められ、自由に映画が作れなくなってしまった。それはまるで金持ち(出資者)に対してせっせと大量にジャガイモを作っては献上をする農家と同じではないか。それに嫌気が差したからこそのあの唐突なトンデモ演出だったんじゃないだろうか。異物感のあるポートレートのモンタージュや急なカメラのパンもそれ。「俺だってフェリーニやベルイマンやスリーアミーゴスみたいに色んな作風に挑戦したいー!」っていう監督の駄々こねに我々観客は付き合わされているだけなのかも(笑)
ジェイランにしては珍しい性的なフェチズムの吐露も変態的な趣味を自身の作品に書きなぐってきた先人たちへの憧れからか。

タイトルの『about dry grasses(枯れ草について)』。降り積もった雪に覆い隠されていた枯れ草の主張。明らかに今までのフィルモグラフィーとは違う異端の作。
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