むらむら

落下の解剖学のむらむらのレビュー・感想・評価

落下の解剖学(2023年製作の映画)
5.0
「とりあえず全員、死刑で」

俺だったら途中で匙を投げて、こんな結論にしてしまいそうな、フランスの法廷ミステリー。

フランスの山奥に住む有名作家の夫が、自宅の窓から落ちて死亡。状況からして事故の線は考えられず、当時、同じ自宅にいた作家が容疑者として起訴される。証言できるのは、事故で4歳のときに失明した11歳の息子のみ。事件の一年後、裁判で明らかになる真実とは……みたいな話。

幻冬舎あたりがこの作家の出版社だったら、ウキウキで書店にコーナー作って平積み展開しそうな美味しいネタに、世間の注目も集まる。

とはいえ、基本的にはめっちゃ怪しい女性作家と、その息子。そして作家の弁護士がメインキャラ。

全くどーでもいいことだが、弁護士が、佐々木蔵之介をAIでフランス化したような風貌だった。

150分ある映画で、おそらく後半の100分くらいは法廷シーン。ただ、証言に対するツッコミが厳しいので、飽きずに観てられる。

特に、屁理屈をこねまくる若ハゲの検察官は、もう天職としか思えない粘着っぷりで好感が持てる。

どんな些細な事柄も「有罪」の証拠に持ち込もうと無理やり難癖つけてくるので、何度、

「それってあなたの感想ですよね?」

って言いたくなったことか。おそらく、こいつの前世は ひろゆき。

途中、若ハゲ検察官が「作家の小説で、夫を殺す描写がある!」と騒ぎ出したとき

「だったらスティーブン・キングは殺人鬼ですか?」

って論破されててスカっとした。この理論だったら、たいていのマンガ家や映画監督は殺人鬼やもん。

若ハゲ検察官に加え、ホラー映画から出てきたような眉毛が気になる女性裁判長とか、ほのかにエロい女性後見人とか、色々と魅力的な人物がいるのだが、なんといっても主役の女性作家役のザンドラ・ヒュラーが出色。

特に、裁判のキーとなる、死亡前日の夫婦喧嘩の再現シーン。ガチの夫婦喧嘩すぎて、独身ボッチの俺ですら「こんなんなら旦那殺したる」と言いたくなる殺伐感。旦那は旦那で、ラッパーの50セントが好き、という設定なだけあって、マシンガンのように煽りスキルが高い。俺としては、この殺伐感を緩和する意味でも

「このあと無茶苦茶セックスした」

ってテロップを出してほしかったぜ。

ドイツ人でイギリス暮らししていたという設定なので、慣れないフランス語で法廷にて戦う姿も凛々しい。

俺がフランスの法廷に引っ張り出されて、証言を求められたら、おそらく延々「ジュテーム……えーっと、ジュテームゥゥ」と「ジュテーム」を繰り返して、一日で有罪になる自信あるもの。

それと隠れた名演は息子の飼ってる犬。何人かフォロワーさんも書かれているが、アカデミー助演犬賞があったら受賞できるレベル。ぜったい、中に名優が入って動かしてると思う。

とにかく、この女性作家と犬の名演だけでも、観る価値ある作品。

最後にちょっとネタバレっぽい感想だが、終盤近く、盲目の少年が証言台に立つのね。

そうすると、これまでモヤモヤしていた裁判の行方を決定する、ミステリーのセオリー的には

「みんなを大広間に集めてポアロ警視が真犯人を指摘する解決編」

みたいな展開になると思うじゃない?

それなのに、少年の証言は……完全にポエム。

いやいや、俺ら、なんのためにキミの証言を心待ちにしてたと思うのよ? お前の気持ちなんて、チラシの裏に書いてればいいっつーの。なんでここで、いきなり心情に訴えるねん。お前、演歌歌手かよ。

俺的には、裁判官の目の前で

「我が目は見えてはおらぬ、されど、心の目は開いておる!」

と、「北斗の拳」のシュウばりに言い切って、南斗十人組手を母親に叩き込んで欲しかった。

こんな裁判ばっかりやらされてたら、若ハゲの検察官も、さらに髪の毛が薄くなるんじゃないかな……と心配してしまいました。

もうすでに手遅れだったけど。

(おしまい)
むらむら

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