ヨーク

落下の解剖学のヨークのレビュー・感想・評価

落下の解剖学(2023年製作の映画)
3.9
これは面白かったですねぇ。昨年のカンヌ映画祭の最高賞であるパルムドールを受賞したそうで、そこに関してはパルムドールってこういう作品が評価されるんだっけ? と思うところがなくはないのだが、まぁでも面白いか面白くないかでいえば余裕で面白い映画でしたよ。その年を代表する一本として映画史に残すほどのもんかというと、どうだろうねぇ…というのはあるのだが…。ただ本作は非常にまどろっこしい映画であって、本作をどういう立場で観るかということが問われる作品だなぁと思いましたね。
お話は至って単純。母、父、息子、犬の三人と一匹家族がクソ田舎の雪山で暮らしているのだがある日父が山小屋の屋根裏部屋から転落して死亡、不幸な事故かと思われたがどうも夫婦仲が上手くいっていないとか血痕がどうとかの諸要素により殺人事件かもしれないとして捜査が進み母は起訴され裁判に…さぁ判決はどうなる、真実はいつも一つ! という映画である。ま、要は母が有罪か無罪かというのが最大の焦点となる法廷劇なのでそのお話の作り自体は非常に分かりやすいですね。
じゃあ何がまどろっこしいのかというとだ、この映画は裁判というものをフィクションの中で都合よく使われるようなそこに確固たる真実(事実でも言葉はどちらでもいいが)があるというのが担保された便利な装置ではなくて、単にその事件が客観的にどう見えるのか、というものを争うだけの身も蓋もなく言えば互いの物語を押し付け合うだけの場だということを描いているということですよ。もちろん法治国家の一員としては裁判の結果というものは厳粛に受け止めなくてはならなくて、社会の中で生きる以上はとても大きな意味を持つものではある。
だがその裁判で決まる結果というのはだ、余程強力な物証や目撃証言があるのならともかく、そうでない場合は警察の捜査の結果やそれだけでは計り切れない部分を検察と弁護側がまとめ上げて、この事件は客観的にこういう見方をすれば被疑者の罪はこの程度になる、あるいは被疑者に罪はない、ということを争うものでしかないのだということである。もちろん確たる証拠がある場合には無罪か有罪かではなく、有罪ではあってもその罪はいかほどのものかということを決めるための該当事件の見方を提示されるわけである。なのでわざわざ『名探偵コナン』の決め台詞を引用したが、それは嘘とは言わないがあくまでも理想であって実際の刑事事件を扱った裁判の中で本当に真実(事実)が明らかになるのかというと当然そんなわけはない。言うまでもないことだが裁判官も弁護士も検事も人間でしかないので100%確実な真実(事実)などに辿り着けるわけがないのだ。大体が司法がそれほど完璧であるのならば冤罪というものはこの世に存在しなくなってしまう。
そして本作のテーマとなるのも正にそこで、作中の裁判で争われるものは事実がどうかということではなくて、そこで何が起こったのかという事件の見方、もっと言えばそれをどういう物語として受け止めるのかということが描かれるのですよ。作中で提示されるあらゆるファクターをどんなフィルターを通して観るのか、それが問われる映画なわけですね。だから事件の真相は何なのか? という観方をしていたらすこぶる退屈でつまんない映画だと思う。自分にはこの事件はこういう風に観える、ではそういうう風に観える理由は何なのか? ということを思いながら観るとより奥行きが深くなる映画だと思いますね。
だから終盤の展開も本作で描かれた事件の真実が明かされたということではなく、あの人物が必要とした物語がそうであったというだけのことだと思うんですよね。物語というのは嘘である。だが人はその嘘を必要とする。そして第三者から見てそれが嘘なのかどうかというのは見分けがつかない。そういうことを描いた映画だと思いましたね、というのが本作の俺の観方であって、しかしそれ以外の観方があればそれはそれがその人にとって必要な物語であったのだろうと思います。そこら辺が受け取り方の幅が広くて中々いい映画だなというのが俺の感想ですね。そういう風にある事象に対する「見え方」が問われる映画なので『落下の解剖学』というタイトルは中々言い得て妙で良いネーミングだと思いましたね。
とまぁその辺りが俺の本作に対する感想なのだが、しかしこの映画観たタイミングというのは『FF7RB』が発売されてすぐで寝る暇惜しんでプレイしてる時だったんですよ。せっかくの休みも飯すら食わずに全部ゲームで潰してしまう自分に嫌気がさしていてせめて何か映画を一本観ようと思って出かけたときに観たのが本作だったのだが、いやでも映画を観た後はダラダラとゲームばっかしてる自堕落な生活を送れる幸福さを嚙み締めましたよ。妻だろうが夫だろうが他人と共に一つの家の中で暮らしてお互いに気を使いながら生きるとか絶対俺には無理だと思ったもん。好きなだけ『FF7RB』をプレイしても誰にも文句言われない環境の素晴らしさに気付くことができましたよ。絶対結婚したくねーー!! と思いながら観てましたね。途中かなり迫真の演技で展開される夫婦げんかのシーンがあったけど、俺多分あの勢いで妻から詰められたら多分泣くよ。いやー、一人暮らしって最高ですね。それが本作の感想の結論でいいのか。まぁいいか。
結婚とか絶対無理って思ったけど、とりあえず映画は面白かったです。
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