たく

愛にイナズマのたくのレビュー・感想・評価

愛にイナズマ(2023年製作の映画)
4.5
今年の邦画ベスト級。こないだ観た「月」から連続で傑作を繰り出してくる石井裕也監督は凄いね。しがない映画監督の花子と謎めいた青年との奇妙な出会いから、花子の家族たちの軋轢と再生に至る話で、濃密な140分に完全に引き込まれた。「無かったこと」にされる大事な事実、「意味がない」と切り捨てられる事柄。そういうことにこそ人生の本質があるんじゃないかという強いテーマ性を感じた。松岡茉優を始めとして役者陣が皆な素晴らしく、本音でぶつかり合う登場人物たちの醜悪さが最後には愛おしく思えて、気持ち良く映画館を後にした。

タイトル出しでマリア像を照らす「イナズマ」に人間の滑稽さを見守る神視点を感じさせて、このイナズマが要所で何度も出てくるのが象徴的。駆け出しの映画監督である花子が、あるプロデューサーに才能を買われて自作の脚本による長編映画の出資の申し出を受ける。ここで花子に業界の蘊蓄を垂れる助監督が胸糞悪いキャラで、三浦貴大は「もっと超越したところへ。」でも似たような役をやってて、こういう嫌味ったらしい役が本当に上手いね。監督を降ろされた花子が、フラっと寄ったバーで前に見かけた不思議な空気感を持つ正夫と再会して奇妙な会話を交わしつつキスしちゃう展開に、この時点ではボーイミーツガールの恋愛モノだと思ってた。花子がこだわる「本当の赤」に、アベノマスクに滲む血の色が重ねられるのが暗示的。

花子の家族が10年ぶりに再会する中盤から、極めてプライベートな空間となるのが予想外の展開。花子の父親と彼を嫌ってる花子と二人の兄が、花子の映画制作のために撮影されながら険悪な会話を交わして行くシチュエーションが可笑しくてしょうがなくて、慣れない被写体がチラチラとカメラ目線になっちゃうのが最高。花子のわだかまりだった母親の真相が父から明かされるくだりの緊迫感、そこから父の昔馴染みの飲み屋で思わず明かされる父の真相が泣けて、雨降って地固まる家族の絆が胸に沁みる。

コロナ禍の日本のマスクを逆手に取った演出が見事で、花子がこだわる赤色がマスクに滲む血の色に重ねられるのが「生命の象徴」を感じたんだけど、花子にとっての赤色には暖かい柔らかさがあるんだよね。松岡茉優は「桐島、部活やめるってよ」が天才的な演技で、「勝手にふるえてろ」や本作も代表作に入ると思う。大好きな三國連太郎の息子として物足りなかった佐藤浩市が今まで観た中で最高だったし、言わずもがかなの池松壮亮や若葉竜也の上手さが作品を盛り立てて、最後まさかの趣里の登場には驚いた。端役の高良健吾の冷徹さも光る。

(2023.11.1追記)
そういえば「月」に出てきた手振れの雑なズームアップが本作にも出てきたね(池松壮亮と若葉竜也の登場シーン)。
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