私自身、学生時代にレストランのホールスタッフ、厨房スタッフとして働いていたが、忙しい時でも慌ただしさと冷静さが共存している緊張感ある厨房の雰囲気が好きだった。その懐かしさを感じられる作品だ。
この作品は実話に基づくストーリーとのこと。「実話に基づく」あるあるだと思うのだが、丁寧に事実をなぞろうとするあまり、そのエピソードいる?という場面が悪目立ちする場合がある。主人公ヤジッドの人生を語る上でとても重要なことかもしれないが、菓子職人の成功譚を描くなら、バッサリと省いていいのではと思うシーンもあったような気がしなくもない。
52ヘルツのクジラたちでも描かれていた、母と子の関係性は、本作品にも欠くことのできない大切な要素に違いない。ただ、それにしても、と思う。映画前半の、特に幼少期パートでの家庭環境の描き方からは、「社会問題を提起するような映画」のテイストが滲むのだが、後半そのニュアンスは影をひそめる。ヤジッドの夢に向かって活路を切り拓いていくその様が前面に押し出されるような描き方だった。
エピソードの取捨選択次第では、52ヘルツのような、実母との絆を断ち切る決断を描く社会派作品にもなっただろうし、ヤジッドの、大胆で戦略的で旺盛な探究心にフォーカスを当てた成功物語に振り切る作品にもなったかもしれない。
色々書いたけど、ヤジッド自身の魅力的な生き様のおかげもあって全体的な満足度は高い。テイストの一貫性が気になるところはあるけど、料理好き、スイーツ好きにはそそられる映画だと思いました。