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市子のJPのレビュー・感想・評価

市子(2023年製作の映画)
4.4
一つずつ事実が明らかになるたびに、鳥肌が止まらない。あまりにも心揺さぶる筋書きと、それに説得力を持たせる役者陣のとんでもない演技で、完っ全にノックアウトされた。この鑑賞体験は「さがす」を初めて観た時の衝撃とかに近い。

なおかつ、「川辺市子」という存在しない人物の正体を探す過去への旅、はどうしたって「ある男」の雰囲気もある。今作の予告編から見ても、使い古された設定のように見えるのに、ちゃんと予想を上回って、ひと捻り〜ふた捻りしてくるこのプロットが見事…!その中核に佇む、ミステリアスなのに純粋無垢な市子を演じた杉咲花の優勝…!

▼以下ネタバレ






「♪ラララ 虹が虹が空にかかって」の曲「にじ」が、弔いのメロディにも殺しのメロディにも聞こえるという、「にじ」史上最も恐ろしい使われ方。
市子よりも先にこの歌を鼻歌で歌ったのが、母・なつみ。壁から天井にかけてクレヨンのようなもので描かれた虹。その向かいに横たわって動かなくなっている月子を見ても、取り乱すことなく、「市子、ありがとうな」と言い、皿を洗いながら歌う「にじ」…。
「おかあさん…。うちな…。」と何か言いかけるが、母は「にじ」を鼻歌で歌いながら洗い物を続け、市子に背を向けたまま。
自分の話を聞いてほしそうにする市子は、もしかしたら劇中でこの場面だけだったかもしれない。長谷川がなつみに言っていた通り、市子にとって、母こそが唯一血の繋がった家族だったのに、あそこである種の裏切りと絶望がもたらされたのかもしれない。それが巡り巡って、ラスト(ないし冒頭)、北秀和と北見冬子を沈めた市子が鼻歌で口ずさむ「にじ」に継承される。
戸籍を偽っても、「♪きっと明日はいい天気」と、雨上がりの美しい虹と明るい未来を信じ、自分として自由に生きていくことを諦めなかった。それを表すのがこの「にじ」という歌だったのかもしれない。

「そんな嘘すぐばれんで」と、ずっと嘘つき呼ばわりされてきた市子が、長谷川にプロポーズされた時に思わず言ってしまう「嘘やん」。
「嘘じゃないよ」と長谷川が返すが、市子はどこまで長谷川を信じたかったのだろうか。
罪を偽りで塗り固めてきた彼女は、長谷川との結婚生活を一度は捨てたが、ラストシーンの後、彼女が向かう先が長谷川だったりしたらいいなと願ってしまう。
「わかんないけど、抱きしめたい」と言える長谷川のまっすぐな愛が、幾重にも重なった偽りまで含めて市子を包んでくれたらいいなと、願ってしまう。
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