元空手部

悪は存在しないの元空手部のネタバレレビュー・内容・結末

悪は存在しない(2023年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

見上げるショットに始まり終わる本作において、メタ的な作用を引き起こす俯瞰ショットは極めて弱い。丘から見下ろす程度のショットは幾らか散見されるものの、俯瞰として全景を捉えたショットは都内の都市像を捉えた2ショットのみにとどまる。送迎のショットや横移動ではショットの境界を大胆に越境しようとしているが、俯瞰においてはこと慎重だ。
本作では俯瞰に近いモチーフとして、鳥が現れる。鳥が空を飛ぶショットは何度か挿入されているものの、それがカメラアイ的な視点にはならない。鳥を追う娘のシーンにおいてももティルトで繋げており、鳥瞰になってない。オカワカメや鹿の髑髏の視点ショットはあるのに鳥の視点ショットはないのだ。
空からの視点が抜け落ちていることで発生するのは大地の引力だ。見上げる、歩むといった原初的な動作に力を持たせている。
また、本作における重力とは人間性の中でのみ発生することも明記しておきたい。視点ショットの鹿やオカワカメの人称性は人間的なものであり、擬人化のフィルターで提示される。娘が木々の名前を聞くときも所謂、科学的実在論に支配されている。人間が区分づけに用いてるに過ぎない特徴のみを指摘するだけだ。ラストでも、鹿を人物の顔のように捉える。あの儀式的な厳かさとはつまるところ、神話でもなんでもなく少々格式ばった演劇にすぎない。
レンズの自動性は本来人間性の超越と親和性が高いが、本作はあくまで人称の枠組みの中で進む。娘を探すシークエンスで挿入される映写機とスクリーンに見立てた太陽と霧の関係もその一環なのだろう。メタ的に、太陽=映写機という錯覚は感知はできるが無力な観客として見える。
ある集合から徹底的に留まり、二項対立的な片方の存在を秘匿することに本作の特徴がある。
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