Masato

アイアンクローのMasatoのレビュー・感想・評価

アイアンクロー(2023年製作の映画)
4.3

鉄の爪一族、または呪われた一族と呼ばれたプロレス一家の栄光と悲劇を描いた伝記映画。

不謹慎ながら悲劇が好きなので最も楽しみにしていた作品。A24作品らしく抑えに抑えた演出で、家族を想うがために破滅していく一家と破滅へ向かわせる家父長制、囚われていく男らしさを、さりげなく、そして力強く描いていく。

あまりにもドライに描かれる悲劇に涙も出ずただ呆然としてしまう。ただ心のなかにはダメージが着々と蓄積されていき、終盤あたりは生きることの絶望感に疲弊し鬱のような症状に見舞われる。それでも強く生きるザック・エフロン演じるケビンの力強さが一筋の希望として煌々と光り、救われる。

終始平坦でテーマも物語も抑揚が少なく強調されないところが大きいテーマになっていると感じた。フォンエリック兄弟の父親であるフリッツによる家父長的な家庭環境への批判がこの作品のテーマになると思うが、父親を毒親として強調されて(あるいは劇的に)描かれない。むしろたまに良い父親に見えるときもあった。

それは子どもから見るとそう思えるという、ケビン達の視点を反映したものなのだろうと感じた。思い返せば、自分の成し遂げられなかった夢を子どもたちに叶えさせることにしか興味がない。お前がだめだったら次はお前だと、まるで人形かのように扱っている。しかしそこはさりげなく描かれる。ただし、終盤につれて父に対する憤りが強くなっていくにつれて、毒親としての描かれ方が強調されていく瞬間があり、そこで呪いの本質にやっと気づくという描かれ方が良い。子どもの視点から見る毒親のリアリティ。

また兄弟たちもケビンを筆頭に家族を、兄弟を大切にしたいという思いが強く、その気持ちが父親の家父長的な生き方と呼応してしまい、その毒に気付かない。そこが最大の悲劇と言えるかもしれない。家族を大事にしようとすればするほど破滅していき、男らしさに囚われていく。

子どもに夢を押し付けることがどれだけ辛いことか。子どもは親に簡単に見せないし、親の重圧に気づけないで自分を傷つけていく。円満のように見える家族の裏に潜む呪いとして見なされた毒の怖さをリアリズムをもって描いたところが良かった。

最後に放たれるセリフが素晴らしいです。あれを言われたら感無量だと思います。救われる人は多いと思う。そして兄弟の絆が非常に強かったこと。それの疑いようのなさは素晴らしかった。

ザック・エフロンが何故オスカーにノミネートされなかったと言っている人が多かったが、その言葉に納得。過去イチに仕上げた肉体はさることながら、やんわりとした優しさと、あまり表情は出さなくともその内面の辛さが伝わってくる演技力が見事。演技を軽視されすぎている。ハリス・ディキンソンはモデル体型で美形な英国紳士というイメージが強かったが、ここまで様変わりできる豹変ぶりが衝撃的だった。ホルト・マッキャラニーの様々な面をリアルに見せていく父親像も見事。最高のアンサンブルキャスト。


兄弟たちからみる親の視点や兄弟愛を描きつつも、感情を排したドキュメンタリー色が強い淡々とした作風。あまりエモーショナルになりすぎると本人たちにとっても見る側にとっても辛い。本来6兄弟であり末っ子のクリスを描いていないのは物語的に辛すぎるからだそう。でも、彼らの気持ちを的確に描写しなきゃこの問題の本質は描けない。各所に家族への配慮を感じる優しさと、描くべきところは描く力強さ、その線引きの上手さが良かった。傑作。
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