イスケ

アイアンクローのイスケのネタバレレビュー・内容・結末

アイアンクロー(2023年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

アイアンクローと言えば、かつてキン肉真弓が委員長にきめてワチャワチャしていたのを笑いながら見てたんだけどな。とにかくヘビーな作品だった。


フリッツの現役時代から始まる冒頭。
この狂気に満ちた様子は、インパクトを与えるためだけではなく、のちの「呪われた一家」へと繋がっていく重要な描写なのだと、時間の経過と共に理解していくことになるんだよね……

往年のプロレスファンがどう考えるのかは分からないけれど、この作品から感じるフリッツという人物は、勝利と頂点にこだわり続けているというよりも取り憑かれているように映った。そして、それらは息子たちへの抑圧に繋がる。呪いの種はこの段階で既に存在してたんだ。

ケリーの死のシーンはセンセーショナルだった。
でも、振り返ってみれば、尊厳を失いかけているケビンの気持ちを1ミリも理解しようとしない姿にはもう異常性が滲んでいる。
トップアスリートを育てるがゆえの厳しさ?いや、そういう次元ではなく、ただただ冷酷なんだよ。

命令はするがフォローは一切しない。「兄弟で相談しろ」の響きのなんと冷たいことか。


本作は有害な男性性の物語でもあった。
それも、その有害さは女性ではなく、自分自身に向いている。泣くことなんて男のすることではないってね。

兄弟は重圧を与えるだけ与えられるのだけど、プロレスしかしてこなかっただけにそれを解放する手段を知らない。

よく学生がイジメで死を考えるほどに悩んでいる際に、「そこだけが世界じゃないんだよ」「大人になれば変わるんだよ」という類のアドバイスをされることがある。
これは、外にはもっと広い世界があるということをもって励ましているわけだけど、フォン・エリック家の兄弟たちは大人になっても狭い世界に閉じ込められているわけですよね。

あれだけ人気があって派手に遊んでいそうな風貌であるにも関わらず、大人になっても童貞で女性とのコミュニケーションもままならない様子は、ケビンが純粋な少年のまま大人になっていることを表していたのだと思う。

大人になっても世界が広がらず、メンタルの調整や重圧の逃し方が分からない。
プロレスだけ強くなり、少年のまま大人になってしまったことが、悲しい結末のベースにあったと思えてならない。


ケビンは「うちの家庭は呪われているから」という理由で、一時はパムや子供と離れようとまでする。
まったくもってトンチンカンなんだけど、狭い環境で過ごしていると、その根源が父からの抑圧であることに理解が及ばないのだろうな。

だからこそ、ケリーの死を目の当たりにして彼が父に歯向かったシーンでは、「やっと呪いの根源に気づいたんだ」と、ある種のカタルシスを感じた。
自立することで「呪い」という見えないものの責任ではなく、すべての責任を自分の方に持ってこれるようになる。囚われしひとりの男の自立の物語でもあったんだ。
ただ同時に、「遅すぎるよ……」と感じてしまったのも正直な気持ち。


息子ふたりの前で流せた涙は、抑圧から解放された象徴のように見えた。

パムの勢いに押されなければ結婚だってしていなかったかもしれない。
ケビンを外の世界に連れ出したパムの存在は、彼にとって愛する人であるよりも前に、救世主だったんだろうなと思う。
イスケ

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