てっぺい

熱のあとにのてっぺいのレビュー・感想・評価

熱のあとに(2023年製作の映画)
3.5
【熱の映画】
狂気でしかない愛の形が描かれる冒頭。そんな熱のあとに、狂気が正気に見えてくるほどの演技力と演出に惹きつけられ、色んな想像を掻き立てるラストには見ているこちらの熱が出る。

◆トリビア
〇橋本愛は、配給も決まっていない、監督と脚本家だけの段階でのオファーに、内容関係なくやりたいという気持ちになったという。監督からの手紙には「自分の信じているものを守る強さ」が橋本にあるとあり、自分の生き様が役に還元できるのならそんなに幸福な事はないと思ったという。(https://www.vogue.co.jp/article/ai-hashimoto-interview-after-the-fever)
〇橋本は、本作のもととなった事件の裁判記録などを調べるうちに「現実の事件だけを、演じるための材料にしてはいけない」と考えた。当事者をなぞるような、元の事件に重きを置くよりも、記録を読んだ時の監督の気持ちを聞いて沙苗というキャラクターを作っていったという。(https://crea.bunshun.jp/articles/-/46140?page=2)
〇橋本は、最初は沙苗の気持ちがわからず、裁く立場で彼女を見ていた事に気づく。試行錯誤の上、彼女と同じ目線に立てた時、正気と狂気が逆転するような体験をして、痺れたという。その時に本当の意味で、沙苗を演じることができたと語る。(https://spur.hpplus.jp/culture/topics/2023-12-21-3dDJBw/)
〇橋本は、自分本体が壊れてしまってはいけないという思いから、カメラが回っていない時は楽しく過ごし、辛いのは本番だけと心がけ、健康を維持する事を意識していたという。(https://otocoto.jp/interview/cafecinema83/2/)
〇橋本は、現場でほとんど監督に質問をしなかった。自分を檻の中に閉じ込めなければという思いと、愛した人と生きていきたいという願いの狭間で、漂うように生きる、どこか地に足のついていない沙苗。そんな沙苗を演じるためには、監督による演出さえも異物感となりうると思い「何もわからずに揺らめいていた方がいい」と考えたという。(https://ginzamag.com/categories/interview/437521)
〇健太について監督は「沙苗や足立と関わっていく中で弱さが露呈していく、この作品の中でいちばん人間らしい人物」だとし、仲野太賀が適役と思いオファーした。ロブスターを食べる様子は監督の想定以上に明るいキャラだったが、そんな演技でより沙苗が健太といやすくなった効果があったという。(https://screenonline.jp/_ct/17680029/p2)
〇足立を一番掴めない人として描いたという監督。そのため足立は多趣味で、色んな文化が混ざった人物に。演じる木竜麻生から役作りのため「足立が聞いている音楽を知りたい」と聞かれ、健太が足立の家を訪れたときに流れていたワルツやノラ・ジョーンズの楽曲を提案したという。(https://screenonline.jp/_ct/17680029/p3)
過去は作中でほとんど明かされないが、足立の部屋や衣装、好んだ音楽から彼女の生き方を感じ取って演じたと木竜は語る。(https://www.tokyo-np.co.jp/article/305034)
〇隼人を水上恒司にオファーした理由について監督は、特に“目”が決め手だったと明かす。隼人の顔は終盤の一瞬しか映らないということもあり、瞳の奥に何が映っているのか分からない程に澄んだ目の水上に決めたという。(https://screenonline.jp/_ct/17680029/p3)
○映画のラストは、脚本段階で何度も改稿し辿り着いたもの。どんなに自分の思いを言葉で伝えようとしても伝わらない本作で「二人に残されている手段は見つめ合うことしかないんじゃないか。見つめることで他者が立ち現れる瞬間になれば」と監督がその思いを明かした。(https://screenonline.jp/_ct/17680029)
〇撮影前に行った本読みでは、本作では描かれていない沙苗の裁判の議事録や、服役してから健太と出会うまでのエピソードなども脚本されており、沙苗を演じる上で大事な時間だったと橋本は語る。(https://ginzamag.com/categories/interview/437521)
○本作を監督した山本英と脚本のイ・ナウォンは東京藝術大学大学院映像研究科での同級生。(https://screenonline.jp/_ct/17680029)

◆概要
2019年に起きた新宿ホスト殺人未遂事件から着想を得て描かれるオリジナルストーリー。2023年・第28回釜山国際映画祭ニューカレンツ部門、第24回東京フィルメックス・コンペティション部門出品。
【監督】
山本英(東京藝術大学大学院での修了制作「小さな声で囁いて」で注目された若手監督。本作で商業映画デビュー)
【出演】
橋本愛、仲野太賀、木竜麻生、坂井真紀、木野花、鳴海唯、水上恒司
【公開】2024年2月2日
【上映時間】127分

◆ストーリー
自分の愛を貫くため、ホストの隼人を刺し殺そうとして逮捕された沙苗。事件から6年後、彼女は自分の過去を受け入れてくれる健太とお見合い結婚し、平穏な日常を過ごしていた。しかしある日、謎めいた隣人女性・足立が沙苗の前に現れたことから、運命の歯車が狂い始める。


◆以下ネタバレ


◆狂気
冒頭、堕ちていくように階段を駆け下りていく沙苗。血まみれの隼人、返り血を浴びた沙苗はスプリンクラーに濡れながらその表情には笑みが。そんな狂気が描かれる冒頭から、健太と長いトンネルを抜け、“熱のあと”の沙苗に明るい未来を示すような光が当たり出し、タイトルへ。足立に翻弄されながら、沙苗は時には自害を図り、恐怖におののき逮捕を望む。健太との夫婦生活も、“幸せだった時もあった”と語る健太とは裏腹に、沙苗はどこかいつも上の空で、その姿は揺らめくよう。本作を通して描かれる沙苗の運命は、常に危うくも脆くも見え、そのどことない緊迫感に終始惹きつけられた。

◆正気
「演じていくうちに沙苗の正気と狂気が逆転する瞬間があって痺れた」と語る橋本愛。カウンセリングでは沙苗は常に彼女の中で正気であり、カウンセラーの、つまり世にとっての正気との間に苦しむ。健太という、ある意味一番人間らしい、世間の正気とも当然噛み合う事はない。やがて訪れる隼人の影に再燃する沙苗の“熱”。隼人がまだ持っていた靴に何かを確信し、隼人のもとへ向かう沙苗は、まるで自分自身を問うための最終地へ向かうよう。妄信的に見えつつもどこか彼女の狂気が正気に思えてくるような、不思議な感覚だった。そんな感覚になる事を見透かすように、プラネタリウムで沙苗がしずかに隼人にぶつける正気が、幼い純心にはただ泣き出してしまうほどの狂気として描かれる。正気と狂気が静かに混在するあのシーンが本作ならではで、1番の山場だった。

◆ラスト
本作のラストについて「二人に残されている手段は見つめ合うことしかないんじゃないか」と考えたという監督。沙苗はついに再会した隼人について、“時が経ち、お互いが変化していた”と語ったように、健太との触れ合いを通じて自らに変化があった事を暗に示す。健太もついには沙苗から刺される事を欲するほど、本当の意味で沙苗の正気に寄り添い始めていた。“戦争を解決する手段”、つまりどうにも解決しようのないほど距離のあった2人のそれぞれの正気は、長い旅路の果てに寄り添い合い、60秒見つめ合う事でついに交わる事になったのか。サイドブレーキをかけたラストカットは、交差点のど真ん中でクラクションを鳴らされながら、そんな世間との接点を閉じるような、映画冒頭のような“愛の形”に解を帰着させた演出にも見えた。つまり2人は、世間の正気とは違う正気の“愛の形”へと向かった…。ただし、サイドブレーキをかけたのは2人ではなく、沙苗1人の手だったというのもまた別の意味での想像がわくのだが。

◆評価(2024年2月2日現在)
Filmarks:★×3.5
Yahoo!検索:★×3.6
映画.com:★×3.5

引用元
https://eiga.com/movie/100139/
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