てっぺい

52ヘルツのクジラたちのてっぺいのレビュー・感想・評価

52ヘルツのクジラたち(2024年製作の映画)
3.5
【杉咲花映画】
予告編で十分泣けるインパクト。杉咲花の爆発する演技力を堪能するのはもちろん、脚本の改稿から参加し、本作の姿勢を中からも外からも本気で考える彼女の思いがひしひしと伝わってくる一本。

◆トリビア
○ タイトルの「52ヘルツのクジラ」とは、他の鯨が聞き取れない高い周波数で鳴く、世界で一頭だけのクジラ。世界で一番孤独だと言われている。(https://eiga.com/news/20231206/9/)
〇杉咲花は、本作に参加する条件を、本作を現実社会に生きる自分たち自身のこととして、あるいは課題として描く事としたという。「現実に起きている諸問題に対して、顔の見える存在として演じることで、少しでも気づきや理解への道筋を作ること。それが俳優に出来ることなのではないかと。」(https://www.gqjapan.jp/article/20240203-hana-sugisaki-kujira-24)
〇杉咲は1年以上続いた脚本の改稿作業にも参加、映画『エゴイスト』で活躍したLGBTQ+インクルーシブディレクターを彼女自身が作品に引き入れ、撮影現場でもキャスト・スタッフと徹底的に対話。宣伝会議にも顔を出し、「どうすれば一人でも多くの観客の居場所を作ることができるか」を、身を粉にして考え続けているという。(https://www.gqjapan.jp/article/20240203-hana-sugisaki-kujira-24)
〇志尊淳は次のように語る。「僕がこの作品で一番思うことは、杉咲花が報われてほしいということ。彼女がどれほどの思いで、この作品に向き合っているかを見てきたからこそ、とにかく報われてほしかった。あのとき自分が注いだ分だけ、花ちゃんに対して返ってくるものは絶対にあると確信しています。」(https://book.asahi.com/article/15171609)
○ 本作には下記の監修者が参加。
・トランスジェンダー監修(脚本から参加し、トランスジェンダーに関するセリフや所作などの表現を監修)
・LGBTQ+インクルーシブディイレクター(脚本から参加し、性的マイノリティに関するセリフや所作などの表現を監修)
・インティマシーコーディネーター(セックスシーン、ヌードシーンなどのインティマシー(親密な)シーンの撮影現場で俳優をサポート)
(https://www.gqjapan.jp/article/20240203-hana-sugisaki-kujira-24)
○志尊淳はアン役について、本作のトランスジェンダー監修(出演もした若林佑真)と全シーン全セリフを二人三脚で作り上げたという。「僕も悔いがないようにこれ以上ないというところまで考え抜いて演じ切ることができたと思っています。」(https://eiga.com/news/20231206/9/)
〇志尊淳はアンについて、原作にもある「アンパンマンのような」という表現の通り、人に寄り添い、見守ることができる人だと解釈する。「だから僕自身、包み込むような懐の深い人物像を描けたらと思っていました。ひたすらにどうアンさんとして生きていくかを考えながら演じました。」(https://book.asahi.com/article/15171609)
〇杉咲花は次のように語る。「貴瑚がアンさんと共に母のところへ別れを告げに行くシーンがあるのですが、撮影直前に一瞬だけ、志尊くんがアンさんの眼差しで私の顔を見てくれたんです。そういう姿って、カメラに映らないじゃないですか。でも、貴瑚には間違いなく届いていて、それが本番に作用する。志尊くんは、そういうことしてくれる方なんです。」(https://book.asahi.com/article/15171609)
○ 監督曰く、本作には「52ヘルツで鳴くクジラの音」をあちこちに忍ばせてあるという。(https://ehime-epuri.jp/36773)
〇大分市佐賀関の漁港や、佐賀関のシンボルとなっている大煙突、巨大しめ縄が登場。成島監督は「大分の風景が物語のイメージ通りだった」と振り返る。「媛乃屋(ひめのや)食堂」では、撮影期間中、杉咲花も何度も訪れたという。(https://newsdig.tbs.co.jp/articles/obs/1001133)

◆概要
【原作】
町田そのこ「52ヘルツのクジラたち」(2021年本屋大賞受賞、累計発行部数85万部)
【脚本】
「ロストケア」龍居由佳里
【監督】
「八日目の蝉」成島出
【出演】
杉咲花、志尊淳、宮沢氷魚、小野花梨、桑名桃李、金子大地、西野七瀬、真飛聖、池谷のぶえ、余貴美子、倍賞美津子
【主題歌】
Saucy Dog「この長い旅の中で」
【公開】2024年3月1日
【上映時間】135分

◆ストーリー
自分の人生を家族に搾取されて生きてきた女性・三島貴瑚。ある痛みを抱えて東京から海辺の街の一軒家へ引っ越してきた彼女は、そこで母親から「ムシ」と呼ばれて虐待される、声を発することのできない少年と出会う。貴瑚は少年との交流を通し、かつて自分の声なきSOSに気づいて救い出してくれたアンさんとの日々を思い起こしていく。


◆以下ネタバレ


◆杉咲花
予告の数シーンだけで毎度涙をそそられ、見ない選択肢のなかった本作。母からの暴言を嗚咽しながら吐露し、“生きたい”と涙をこぼすシーンにやはり泣かされたし、杉咲花の演技力の改めて素晴らしいこと。個人的には、母から絞首された時の恐怖に見開いた目、愛(いとし)に家族になろうと伝える優しい目、彼女の目の演技に見入った。そしてもう一つ本作を語る上で欠かせないのは、彼女が初めて脚本の改稿作業にも参加したこと。本作に参加する条件を、本作を現実社会に生きる自分たち自身のこととして、あるいは課題として描く事としたという彼女。まさに全身全霊で本作に望んだ彼女の気概に身震いする思いで、ヤングケアラーというまだ耳馴染みのない存在の、その苛烈さも感じ取れた。「やりきったと手放しで喜んでいません。きっと議論が起こると想像していますし、皆さまの声を真摯に受け止めたいという気持ちを持っています」と話す彼女にやはりその本気度が伺える。

◆アン
トランスジェンダーとして、やはり52ヘルツのクジラでもあった安吾。終始貴瑚を見守る、原作の言葉を借りるならまさに“アンパンマン”だった彼は、常に静の状態。それが唯一、動と化したのが母親にその姿を明かされ、身体的卑語を浴びせられたあのシーン。激しく泣き叫ぶ志尊淳の演技が際立っていて、本作の中でも最も心が痛んだ。振り返れば結局自害にまで追い詰められたのは母の“障害”という言葉だったわけで、心身ともに限界だった貴瑚を“家族”から切り離すほど俯瞰から見れていた彼も、自らに対してはその選択肢も見えぬほど逆に“家族”に追い詰められた比喩も虚しかった。そして本作の外野で気になる事が一つ、安吾がトランスジェンダーである事が公式サイトで明かされている事。壮大なネタバレで、伏せてあれば貴瑚がそれを知るのと同時に観客もミスリードに気づく事になる重要な要素のはず。ではなぜその選択肢を製作陣が選んだか。杉咲花は「物語の展開をドラマティックにするために性的マイノリティの方を登場させてきた歴史があると思っています。」と語る。前項のような参加度ならその思いが影響しているのは確実で、ドラマ性よりも、本作が映画として世のマイノリティに寄り添う事をチームとして重視したと踏む。そんな本作と、彼女の姿勢に改めて感銘を受ける。

◆いとひ
体中アザだらけの激しい虐待を受けても、貴瑚に傘をさす優しさを持ついとし。声も出ない、髪も長すぎる、その“何かある感”満載の素性は、祖母のご近所から全て明かされ、合点がいく。“52ヘルツのクジラ”の音で、あのイヤホンのように心でも繋がり共鳴していく貴瑚との関係性(そもそもそれは安吾が繋いだバトンでもある)に心がほだされる。家族を一度捨てた貴瑚がついにいとしと家族を作る覚悟を決めた時、彼が初めて“キナコ”と名を呼ぶ事で呼応する。いとしの声が出た、つまり彼の心の深すぎる傷が少しだけ救われたシーンなわけで、思わず落涙する本作の山場だった。ラストで海をバックに入るタイトルは、どこかにいる52ヘルツのクジラたち、つまり世のマイノリティたちをあたたかく照らすよう。エンドロールで手を繋ぎ海を眺める貴瑚といとしの姿は、まさにその後お互いが幸せを与え合うだろう“魂のつがい”そのものだった。

◆関連作品
○「八日目の蝉」('11)
成島監督の代表作。第35回日本アカデミー賞で最優秀賞など10冠獲得。本当の親子愛について考えさせられます。Netflix配信中。
○「湯を沸かすほどの熱い愛」('16)
杉咲花の代表作で、第40回日本アカデミー賞助演女優賞を受賞。ボロボロに泣けます。Netflix配信中。

◆評価(2024年3月1日時点)
Filmarks:★×4.1
Yahoo!検索:★×3.8
映画.com:★×4.3

引用元
https://eiga.com/movie/100007/
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/52ヘルツのクジラたち
てっぺい

てっぺい