てっぺい

夜明けのすべてのてっぺいのレビュー・感想・評価

夜明けのすべて(2024年製作の映画)
4.5
【ほぐす映画】
PMSにパニック障害、一見固そうな映画のテーマも、穏やかな描写とクス笑いの連続で脳と心が解きほぐされる。配布される冊子の印象が鑑賞前後で変わる、映画としての影響力を持つ作品。

◆トリビア
〇山添くんを演じた松村北斗について監督は、好青年でどこか変わっている部分が共通していると語る。晴天が必要だった現場で曇ってしまい、松村が雲に向かって祈祷を始めた事があったという笑。翌日見事に晴れたそう。(https://ongakutohito.com/2024/01/29/yoakenosubete_interview/)
○ パニック障害の発作が起こるシーンは、医療監修のスタッフに支えられながら撮影。演じる松村が本気であればあるほど、危険性が高まることから、肉体的な負担をしっかり見てもらっていたという。(https://www.pen-online.jp/article/015104.html)
○ 山添くんは、パニック障害と向き合い、自分で乗り越えたいと思っている人物という松村。その人間性や物語の性質を踏まえると、感情を誘い出そうとするようなあざとさが出たら、原作から大きく外れる。どれだけ同情を誘わずに演じられるかが大事で、映画を見ている人にも気付かれないくらいに苦しむよう演じるのが、実はバランスが良いと考えたと話す。(https://eiga.com/news/20240207/7/)
〇藤沢さんを演じた上白石萌音について監督は、親しみを感じさせる彼女の魅力を絶賛。土砂降りの雨の中で倒れ込むシーンで「めっちゃ楽しい!」と言った上白石を、仕事を楽しむ術を十分に知っている最高な方だと感じたという。(https://ongakutohito.com/2024/01/29/yoakenosubete_interview/)
○ 上白石は「いったい私は周りにどういう人間だと思われたいのだろうか」という原作の一文に心をつかまれたという。上白石も周りの目を時に過剰なほど気にしており、藤沢さんの考え方が理解できた。最初から「私はあなたのことが大好きよ」という気持ちでいたと話す。(https://book.asahi.com/article/15123725)
○PMSを抱えている役どころに、自分の生理中の体や心の状態を意識して観察したという上白石。体の疲労や心の過敏さなど、自分の中にある小さい藤沢さんに目を向けて「私の中に藤沢さんはいる」と思いながら、そこをどんどん育てていったと話す。(https://book.asahi.com/article/15123725)
○ 藤沢さんは、普通の顔をして、いきなり同僚の家に入って髪を切ったり大量のお守りをあげたり、とんでもないことをする人だと思ったという上白石。『平然としているけれど、心のなかでは面白いことを考えているんだろうな』と膨らませながら、役を積み上げたと話す。(https://eiga.com/news/20240207/7/)
〇上白石は、この役を演じてみてよかったのは、「三宅唱監督をはじめ男性の方々と生理についていろいろ話せたこと」「女性にとってはなかなか口に出しづらい話題ですが、話して少しでも楽になるなら、性別を問わずもっと普通に口に出していくべきですよね」と話す。(https://baila.hpplus.jp/lifestyle/entertainment/60997)
〇監督は、主演の2人の無言の表情を絶賛。相手の話を聞く表情の芝居が本当に素晴らしく、1度目は話す側、2度目は聞く側に注目して見てほしいと語る。(https://ongakutohito.com/2024/01/29/yoakenosubete_interview/)
〇山添くんの部屋で2人きりで過ごす場面は、恋愛関係に見えないよう、松村と上白石がそれぞれ思った場所に座り撮影を開始。ポテトチップスを食べるカットには、それに特に成功したと監督は語る。(https://ongakutohito.com/2024/01/29/yoakenosubete_interview/)
〇松村と上白石はNHK「カムカムエヴリバディ」の夫婦役以来の共演。松村は上白石について、再共演という安心感や、『いろんなことを背負って歩いて行ける人』という頼りにできる印象。上白石は、1度、命をかけて……という時代のふたりを演じたからこそ遠慮せずに、また全然違う関係を、ゼロから違和感なく築くことができたと話す。(https://eiga.com/movie/98942/interview/)
〇三宅監督は「問い直すことは正直大変で面倒くさいことだが、それでも考え続けようと相手に接する二人になにか大切なものを感じた」と話す。「前作(「ケイコ 目を澄ませて」)でも先入観や偏見を越えていくことのおもしろさを実感していたので、まるで詳しくなかった題材であることにもやりがいを感じた」という。(https://moviewalker.jp/news/article/1174005/)
○原作者の瀬尾まいこは、自身のパニック障害体験をもとに執筆。罹患した事で患者の気持ちが分かるようになったとし「みんながいろいろな「しんどさのかけら」を持っている。この作品を「特別な人」の「特別な話」にならないようにしたいなと思っていた」と話す。(https://book.asahi.com/article/15123725)

◆概要
2024年・第74回ベルリン国際映画祭フォーラム部門出品。
【原作】
「そして、バトンは渡された」瀬尾まいこによる同名小説(2020年刊行、累計発行部数5万2000部超(2023年2月時点))
【監督】
「ケイコ 目を澄ませて」三宅唱
【出演】
松村北斗(SixTONES)、上白石萌音、渋川清彦、芋生悠、藤間爽子、久保田磨希、足立智充、りょう、光石研
【公開】2024年2月9日
【上映時間】119分

◆ストーリー
PMS(月経前症候群)のせいで月に1度イライラを抑えられなくなる藤沢さんは、会社の同僚・山添くんのある行動がきっかけで怒りを爆発させてしまう。転職してきたばかりなのにやる気がなさそうに見える山添くんだったが、そんな彼もまた、パニック障害を抱え生きがいも気力も失っていた。職場の人たちの理解に支えられながら過ごす中で、藤沢さんと山添くんの間には、恋人でも友達でもない同志のような特別な感情が芽生えはじめる。やがて2人は、自分の症状は改善されなくても相手を助けることはできるのではないかと考えるようになる。


◆以下ネタバレ


◆藤沢さん
雨のバス停で倒れている藤沢さんの画で始まる冒頭。モノローグとともに、本作でPMSという生きづらさが描かれる事が輪郭化される。職場で当たり散らし、家でも死んだように倒れ込む姿は見ているこちらの気も重くなるほど。そんな中でも、ポテチのカス喰いや散髪など、風変わりでコミカルなキャラが重すぎない。そんな藤沢さんが出会う山添くんも、パニック障害という生きづらさを抱える点で共通し(彼が全然違うと苛立つ場面はあったが)、お互いに寄り添い合っていくという内容がなんとも心温まる。生きづらさという点では、栗田科学の社長も弟を、山添くんの元上司も身内を亡くしており、本作に様々な生きづらさを抱える人物が多数登場する。が、栗田科学の面々をはじめ、マッチングアプリの話をあげたあのご年配のように、その誰もが他者に寄り添える優しい世界観だった事がまず何よりも素晴らしい。

◆寄り添う
PMSを調べだした山添くんは、車を洗いながら藤沢さんをなだめると(1人で怒っといてくださいのセリフには吹いた笑)、やがて彼女も彼女自身で車を洗い自分をなだめる描写も。山添くんが拒否した藤沢さんからの唐突なマウンテンバイクのプレゼントも、いつしか彼はそれを心地良さそうに乗りこなす。そんな2人の寄り添いあいが、決して直接的ではなく、描かれ方そのものも穏やかで優しい。ひとつ印象的なのが、山添くんがプラネタリウムの話を元上司にするシーン。山添くんが障害を抱え、信用する栗田社長の職場に預けたのはその元上司なわけで、本作で最も山添くんの身を案じていた存在。そんな元上司が楽しそうに職場の話をする山添くんを見て涙、そんな彼に息子がハンカチを差し出す。寄り添う事で生まれる幸せが連鎖するような、本作の根本が何気に現れていたシーンのように思えた。

◆山添くん
藤沢さんの怒りを買うほどはじめは態度が悪かった山添くん。彼女のPMSに真剣に向き合うことで、彼自身にも徐々に変化が現れ始める。藤沢さんがくれたマウンテンバイクに大事そうに乗り、スマホを届け戻った職場に渡したたい焼きには、冒頭の藤沢さんの気づかいが重なる。原稿が“ありきたり”と藤沢さんに注意されるほど興味のなかった星座も、元上司を泣かせるほど楽しげに話せるまでに。本作は、そんな山添くんの成長の物語としての軸もあった。冒頭の藤沢さんのモノローグに対して、ラストは山添くんのモノローグでエンドロールへ。つまり主観が藤沢さんから山添くんへと変わっており、その意味でも後半は彼が主役。まさに“夜明け”を迎えた、栗田科学の清々しい日常を捉えたロールバックが印象的。脳と心がゆっくりとほぐされていくような感覚で、鑑賞前には不要に思えたPMSの冊子が、鑑賞後には不思議と目を通したくなるのだから、本作には映画が持つ影響力もある。監督が絶賛する、主演2人の相手の話を聞く表情の芝居に注目して次回は見てみたい。

◆関連作品
○「ケイコ 目を澄ませて」('22)
三宅監督の代表作。第46回日本アカデミー主演女優賞受賞作品。文字通り目を澄ませて見るべき映画。プライムビデオ配信中。

◆評価(2024年2月9日現在)
Filmarks:★×4.1
Yahoo!検索:★×3.9
映画.com:★×4.3

引用元
https://eiga.com/movie/98942/
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/夜明けのすべて/
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