ブルームーン男爵

メイド・イン・ホンコン/香港製造 デジタル・リマスター版のブルームーン男爵のレビュー・感想・評価

4.0
早稲田松竹で二本立てだったので鑑賞。監督についも映画名も事前知識は一切なかったが、素晴らしい映画だった。インディーズ映画で、フィルムは期限切れ、出演者も演技経験無し、おまけにスタッフ5人で製作したというから驚かされる。しかし、それだからこそ自由でフレッシュな映像が撮れたのかもしれない。当時大ヒットし、数多の映画賞を受賞。フィルムが劣化していたため3年以上の年月をかけデジタルリマスターで今年復活する運びとなった。

1997年、返還直前の香港を舞台に、正義感が強いが借金取立てをしているチャウと、その弟分だが知的障害のあるロン、腎臓病に侵された16歳の少女ペンという3人を軸に、眩しい青春が描かれる。

それにしても主人公サム・リーの演技力が半端ない。街でスケボーやっていたところを監督にスカウトされたようだが、その眼光の鋭さや存在感にはすでにスターの風格がある。社会の底辺で行き場を失った若き主人公の迸る情熱・活力は、彼でなければ表現しきれなかっただろう。そしてヒロインのネイキー・イムも見事だった。腎臓病に犯され余命短いにも関わらず、決して悲観的ではなく、どこか幸せそうな役だった。しかし、惜しまれながらも彼女はその後映画出演のオファーを断り映画界から身を引いた。

粗暴で粗野なシーンの一方で、スタイリッシュでフレッシュな映像描写も素晴らしい。返還前の香港でこそ可能だった映画表現であり、本作のような作品は現代では作りえないだろう。映画のラストは悲劇でああるが、しかし、同時に耽美的であり、瑞々しく美しいと感じる。

本作は返還前の香港の街中の市井の生活や、喧噪とともに、青春期の衝動・鬱屈・爆発・恋愛・悲哀・退廃・情熱・希死の数多の感情・願望・情感を、見事に銀幕にとどめることに成功している。

鉄格子や金網を通した風景描写が多いが、それは「社会という枠組み(檻)」を象徴するものだ。ラストで毛沢東のメッセージが引用されるが、主人公たちの”死”は、英国統治時代の香港という時代の終焉のメタファーだったのかもしれない。荒削りな作品ながら、社会という檻でもがきながらも青春を生き、英国統治時代の香港の終焉という時代の空気を映し出した本作は、紛れもないインディーズ映画の傑作である。