ヨーク

ヴェルクマイスター・ハーモニー 4Kレストア版のヨークのレビュー・感想・評価

4.1
7時間を越える上映時間という伝説的な映画『サタンタンゴ』の次に撮られたのが本作『ヴェルクマイスター・ハーモニー』なのだが、本作のランタイムは146分と長尺ではあるのだがまだ常識の範囲内である。しかしこの『ヴェルクマイスター・ハーモニー』はランタイムだけではなく映画の内容としても『サタンタンゴ』と比べたらかなり観やすい映画ではないかなぁと思う。
個人的に俺は7時間超というクソ長尺の『サタンタンゴ』が初タル・ベーラだったこともあってかイマイチ図りかねながらタル・ベーラに触れたというのがあって色んな意味で様々な先入観というか偏った観方をしていた気がするのだが、それから何本かタル・ベーラ作品を観た上で本作に臨んだら『サタンタンゴ』と比べたらかなり分かりやすいなという感じはしたのである。今まで観たタル・ベーラ作品の中では一番観やすかったと思いますね。
ただまぁ、そこはタル・ベーラなので観やすいとは言ってもバリバリのアート映画で、シネコンでやってるような娯楽映画とは比べようもなく難解だし気軽にオススメできるような作品ではない。ただ『サタンタンゴ』と比べれば作中で何が起こっているのか? ということは遥かに分かりやすくて大まかな話の筋を見失うということはないだろう。
そのお話というのは、簡単に説明すると舞台はハンガリーの片田舎で暮らしている天文学好きの青年と年の離れた友人のおじさん(というかおじいさん?)である音楽家がいるのだが、そんな静かな田舎町にある日サーカス団がやってきてその平和な田舎町は不穏な変化を迎える。その変化というのはサーカス団が持ち込んだ見世物用のクジラの剥製? (ただの張りぼてだったかも)と、プリンスと名乗る姿は見せない声だけの扇動者である。クジラを見るために広場へ集まった人々に扇動者の声が響き、その声に煽られるままに広場に群がる住人達は暴徒と化していく…。その中で天文青年と音楽家おじさんはどうなるか…というお話ですね。
すごい。ちゃんと完結に説明できるようなあらすじがある。それだけでなんていうか『サタンタンゴ』よりはイージーモードな作品だということが分かっていただけるだろう。実際映画の中でも細かい演出や最終的な物語の結末が何を表しているのか? ということさえ置いておけば登場人物が何をしているのかは普通に分かるようになっているのだ。それだけで大分観やすい、と言えば『サタンタンゴ』はどんだけ観づらい映画だったんだよと思われそうだが、その直後に撮られた作品ということもあってか本作も実は『サタンタンゴ』的な要素はかなりある。というか演出の手法自体はかなり『サタンタンゴ』である。それがどういうものかというのは『サタンタンゴ』の感想文で俺なりに多少は書いたのでそちらを見ていただきたいところだが、端的に言うと破壊的とも言えるような長回しの連続(本作は146分だがカット数は37らしい)は健在で、それがもたらす効果としては娯楽作品で慣れ親しまれた映画という文法の破壊というのがあると思う。
一例を挙げれば、特に何を話すわけでもないのに延々と歩き続ける二人の人間を映し続けるというものだったり、片手で銃を持ったまま不倫相手と踊り続ける男の姿だったりするが、そういうシーンを観ると普通の映画に慣れている客は不安を感じるんですよね。たとえば実際に現実で友達と駅まで5分間くらいほぼ無言のまま歩き続けるなんてのは普通にある経験だと思うが、映画で5分間も無言なことなど普通はない。また銃を持った男が不倫相手という関係性の人間と一緒にいると何らかの理由でその相手に発砲するのではないかという気もする。普通の映画なら何もなく歩いているだけのシーンなんてカットするし、銃を持った者が不倫相手と一緒にいれば何らかの事件が起きるのだ。
でもタル・ベーラはそういう映画の文法を壊す。それが観客の不安感を煽るのである。そしてその不安は何かが起こりそうな物語の緊張へと集約されていくわけである。それはタル・ベーラ作品における手法の基本と言えるかもしれないが、上記したように本作は同じ手法の『サタンタンゴ』と比べればストーリー自体はかなり分かりやすい。そういった映画的文法の破壊と共に語られるのはクジラという見世物に集まった者たちに行われる扇動者による日常的な秩序の崩壊なのである。
これは面白いですよね。要は本作でのクジラって映画そのものなんだと思うんですよ、俺は。んでその見世物に集まった人たちが扇動者の巧みな話術によって日常を崩壊させて暴力と破壊を招くわけだ。そこでの映画というものはもっと細かく砕いて娯楽と言ってもいいかもしれない。そう思えばタル・ベーラが10数年ほど(本作は2000年の映画である)現実を先取りして本作を作り上げたのだというような気もする。どういうことかと言うと、2010年代に登場して多くの人が参加したSNSというネット上の媒体は娯楽として怒りや憎しみや悲しみを集約させ、ひとたびそれを扇動する者が現れたらどうしようもない暴動へと発展してしまう、ということはかつての個人ブログやTwitterなんかを見ていた人たちはよく知っているのではないだろうか。そういう運動の中心になるものとしてはSNSに主役を譲った感はあるが、映画だって全盛期はバリバリのプロパガンダ装置ではあったし、今でもそういう役割を担うことはあるだろう。
本作で描かれていることはそういうことの恐ろしさだと思いましたね。インターネット自体は存在していたが、90年代後半の時点でタル・ベーラがここまで先を見越していたとは思わないがどちらにしろ本作は現代にめちゃくちゃ刺さる映画にはなっていると思う。その辺が特に面白かったですね。
あとはアレだな、俺は最初に書いたようにタル・ベーラは数年前の『サタンタンゴ』が初体験だったんだが、以前からガス・ヴァン・サントなんかが影響を受けているとは聞いていたが実際に観てみたら撮り方なんかが「モロにパクってんじゃん!」という感じである意味感動したというのはありましたね。俺はガス・ヴァン・サント好きだしその中でも『エレファント』なんかは超好きだけど、今ならあれモロにタル・ベーラだよねって思うよ。本作でも序盤のトレーラーのシーンなんかは真似する監督いっぱいいるんじゃないかな。
まぁそんな感じでも面白い映画でした。どう考えても娯楽映画ではないのでそこまで強くオススメはしないが面白かったですよ。今のところ俺はタル・ベーラの中では一番好き。
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