大傑作。2025年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。マーシャ・シリンスキ長編二作目。ワーキングタイトルは『The Doctor Says, I'll Be Alright but I'm Feelin' Blue』だった。物語はアルトマルク地方にある巨大農場の屋敷を舞台に、四つの時代に生きる異なる四人の女性たちが曝される性的搾取と屋敷にこびり付き彼女たちを死へ誘う臭いを描いている(屋敷についての物語という点では同じコンペに出ていたヨアキム・トリアー『Sentimental Value』とも似ている)。。20世紀初頭、地主の家に生まれたアルマは、大家族に囲まれて過ごしている。ある日、彼女は自身と同じ顔で同じ名前の死んだ姉がいることを聞かされ、暗い未来に思いを馳せる。二次大戦期に同じ農場で暮らすエリカは、左足を切断されて家の隅に隠されるように暮らしている叔父フリッツに思いを馳せる。1980年代、東ドイツとなったこの地域で、エリカの妹イルムの娘であるアンゲリカは、自身の目覚めつつある性欲を叔父ウーヴェやその不器用な息子ライナーに利用されそうなことに気が付く。現代、寂れた農場屋敷に新たにやって来たレンカとネリーの姉妹は、隣人で最近母親を亡くしたというカヤに出会う。レンカは彼女との出会いに安らぎを見出す一方で、ネリーは屋敷に充満する死の臭いにあてられていく云々。四つの物語は強風の轟音のような音と共に切り替わることで混ざり合うので、まるで屋敷に住み着いた幽霊が彼女たちを代わる代わる眺めているかのようでもある。特に第一部ではアルマが見つけた旧アルマの写真にて、母親が嘆き悲しんでいるのか露光中に顔を動かしてしまい、滲んだケルベロスみたいな状態になっているほぼ心霊写真みたいな写真が登場したり、第三部でもアンゲリカが同様のことをして一人だけ消えかかっていたりしていた。また、四つの時代に共通のモチーフとしてハエが挙げられ、特に第一部では全員が死んだような顔をして無言で食事をする際に、生きてる人の手などにとまっても払いもしない不気味さがある。他にも深度の浅いボケた映像や近くの川の中で撮った映像の多用、会話よりもナレーションが多いことなどから、本作品全体が怪談のようにも見えてくる。