tanayuki

乱のtanayukiのレビュー・感想・評価

(1985年製作の映画)
4.7
楓の方「この城に生まれ育ち、この城を出てあなたさまに妻され、心を許した我が父、我が兄を姑秀虎殿に殺められ、またこの城に住む身となったそのときから、この日をどれほど待ちましたやら。(長い間) 母はこの部屋で自害なされた」

楓の方「聞けば父上様はお狂いなされたそうな」
次郎正虎「これで姉上もご満足でござろう」
楓の方「これはまたなんということを」
次郎正虎「姉上、次郎は裏も表もなくずかっと申し上げた。気に障られたら許されよ。しかし姉上は心の底で父上を親兄弟の仇と恨みに恨んでおられたはず。違いまするか」
楓の方「ではこの楓も申し上げまする。次郎殿もさぞご満足でござりましょう。次郎殿はいまや一文字家の頭領。(兜を持って)この兜も次郎殿のもの。(兜を持ったままにじり寄り、次郎の脇差しを抜いて首にあてる)次郎殿、この楓、盲ではありませぬ。次郎殿は親を狂わせ兄を殺しこの国を盗まれた。夫の仇、覚悟」
次郎正虎「ち、ちがう」
楓の方「この期に及んで卑怯な(首に斬りつけ一筋の血が流れる)」
次郎正虎「兄上を手にかけたのは、わしではない」
楓の方「では誰じゃ。言え。誰じゃ(もう一筋斬りつける)。誰じゃ」
次郎正虎「わしではない。鉄(くろがね)が兄を討った」
楓の方「黙りゃ。家来に命じておいてその責めは負えぬと言われるのか。あっぱれな大将じゃ。(脇差しを一振りして威嚇し、部屋の木戸を閉めながら)他愛もない。プッフアッハハハハハハ、アハハハハハハハ。これでは妾のほうから裏も面もなくずかっと申し上げねばなりますまい。次郎殿、この楓、夫を殺されてもなんとも思いませぬ。ただ妾が思うのは、我が身のことじゃ。夫亡きあと髪を切り寡(やもめ)で過ごすのも頭を丸めて尼になるのも嫌じゃ。この一の城は父の城。そこを追われるのは嫌じゃ。次郎殿、この願いを聞いてくださるなら、この楓、何も申しませぬ。悪逆非道については誰にも申しませぬ。畢竟未練な言葉も口には致しませぬ。これを話せばこの国は乱れに乱れまするぞ。いえ、この楓がこのようにしてまする。(羽織物の袖を脇差しで切り裂く)いかがじゃ、次郎殿。(ふたたびにじり寄って唇を奪い、傷口を舐める)」
次郎正虎「(たまらず呻き声が漏れる)あっあっうっうっ」

鉄(くろがね)「女狐。よくも殿を誑かし、無用の策を弄して一文字家を滅ぼしたな。いまこそ思い知ったか。女の知恵の浅はかさを」
楓の方「浅はかではありません。親兄弟の恨みがこもったこの城が燃え、一文字家が滅びる様、妾はこの目で見たかった」

音楽は武満徹。背景音は夏の蝉と風鳴り、笛の音、馬の蹄、そして打楽器。

△2020/08/14 Apple TVで4回目鑑賞。スコア4.7
△2016/10/02 iTunes登録。スコア4.5
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