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そうとうまぬけ

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そうとうまぬけ

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そうとうまぬけの作品紹介

そうとうまぬけのあらすじ

目の前に広がる映像、そこに映る女性、それを自分だという女性の物語。その映像とは何なのか。

そうとうまぬけの監督

加藤也大

そうとうまぬけの出演者

佐咲日菜真冬

濱仲太神崎

原題
製作年
2023年
製作国・地域
日本
上映時間
14分
ジャンル
ミステリー、ショートフィルム・短編

『そうとうまぬけ』に投稿された感想・評価

〓映画TK365/323〓
◁ 2026▷

▫そうとうまぬけ
▫配信/U-NEXT
▫️Y!レビュー ☆☆☆☆☆未評価
▫️T K評価:★★★☆☆2.8
▫️映画TK通算: 7216本
▫️Filmarks通算:6105本
るか
2.0
💻 ショート・ドラマ
監督・脚本:加藤也大

謎の映像から始まる、意味を求めて生きるミステリードラマ。

神戸インディペンデント映画祭2023編集賞ほか受賞。

日常の何気ない瞬間を切り取った映像が次々と流れていく。「何だこれ。あ、私だ」。海辺や駅のホーム、自分の顔。断片的な景色が映し出されるなか、彼女は気づく。これは走馬灯だ。これまでの人生を振り返るうち、シーンは踏切へと変わり…。

U-NEXTにて鑑賞。
たった14分のショート・ドラマ。
無駄に細切れにした映像と、いかにも作り物感のある脳みそ。
とりあえず、出演してる女の子が可愛かったのが救い。
踏み切り降りてるのに、線路の真ん中に座るな!はた迷惑!!
“そうとうまぬけ”じゃなくて、「そうとうバカ」なヤツ。
もしかして、迷惑系YouTuberか?!そして、全く意味不明😓

全然関係ないんだけど、主人公が今のあたしの髪型と似てた。
R41
5.0
# そうとうまぬけ――愛は記憶を救えるのか

14分の短編映画『そうとうまぬけ』は、観終わった直後には、何が起きたのかよく分からない。

しかし、分からないまま考えていると、断片的な映像が少しずつつながっていく。そして、そのつながりの先に見えてくるのは、SFというよりも、ひどく人間的な物語なのかもしれない。

もちろん、ここから先は作品が明確に語っていることではない。

僕の妄想である。

ただ、その妄想を許してくれるだけの「余白」が、この作品にはある。

冒頭、女性は映像を見ている。

それは「走馬灯」だという。

しかし、普通の走馬灯とは少し違う。

彼女が見ているのは、自分の過去のようなのに、どこか他人の人生を見ているようでもある。

そこには、かつて付き合っていたショウタロウという男がいる。

そして彼女は、踏切で自殺しようとしていた。

その直前、

「生まれ変わったら、誰かに見てもらえるような人になりたい」

と呟く。

この言葉が、この作品の中心にあるように思う。

彼女が欲しかったのは、単純な幸福ではない。

誰かに見てもらうこと。

自分がここにいることを、誰かに認めてもらうこと。

自分には存在する価値があるのだと、誰かに証明してもらうこと。

その願いは、後半に登場する風俗嬢という設定によって、さらに皮肉なものになる。

彼女は身体を「見てもらう」ことで金を得ている。

そして、その金を神崎所長に渡す。

彼女自身は、それを「貢物」と呼ぶ。

なぜ「代金」ではなく「貢物」なのか。

ここからまた妄想が始まる。

神崎は、単なる研究者ではないのではないか。

彼女にとって神崎は、自分の過去を見せてくれる者であり、自分の記憶を支配している者であり、いわば「自分が何者なのか」を決めることのできる存在なのではないか。

だから、金は代金ではなく貢物になる。

しかし、さらに重要なのは、施設に「神崎あみ」という脳が保存されていることだ。

もしこれを素直に受け取るなら、神崎あみはすでに死んでいる。

つまり、真冬=神崎あみという単純な「生まれ変わり」ではない。

むしろ、神崎あみという女性は実際に死んでしまった。

では、神崎は何をしていたのか。

ここからが僕の妄想だ。

神崎は、あみの鬱を知っていた。

妻を救いたかった。

だから、あみの記憶を操作したのではないか。

つらい記憶を変えれば、過去を変えれば、妻はもう一度生きられるのではないか。

人間の人格を記憶によって作り直せるなら、妻の苦しみも消せるのではないか。

しかし、それでも駄目だった。

あみは結局、自殺した。

神崎は、愛する人を救えなかった。

だからこそ、そこで終われなくなったのかもしれない。

今度は、あみに似た別の女性――真冬を利用する。

あみの記憶の一部を真冬に植え付ける。

あみをもう一度作ろうとする。

しかし、当然ながら、真冬はあみにはならない。

記憶を植え付けても、別人は別人なのだ。

身体も違う。

人生も違う。

人格も違う。

それでも神崎はやめられない。

薬を使い、記憶を操作し、また何かを試す。

そして現在、そこには「あみ」でも「真冬」でもない、何かが生まれつつある。

あみの記憶を持っている。

しかし、あみではない。

真冬として生きている。

しかし、純粋な真冬でもない。

他人の記憶によって、自分の人生が少しずつ侵食されていく。

その結果、彼女自身が、自分はいったい誰なのか分からなくなっていく。

これが、この作品の「走馬灯」なのではないか。

死ぬ間際に過去を見るのではない。

**他人の人生を自分の記憶として見せられている。**

だから、あの映像はどこか不気味なのだ。

それは「自分の過去」なのか。

それとも「自分の中に植え付けられた他人の過去」なのか。

その境界が、もう分からなくなっている。

そして、真冬が「やきもち」と言う場面も、ここにつながるように思う。

神崎は真冬を見ているようで、実際には真冬の中に「あみ」を見ている。

真冬からすれば、自分と一緒にいる男が、自分ではない別の女のことを気にしている。

だから「やきもち」。

これは単なる言葉遊びではなく、女性としての直感なのかもしれない。

神崎の愛情は、真冬に向いていない。

死んだ妻に向いている。

だから真冬は、神崎の前に存在しているのに、神崎には見えていない。

これは冒頭の、

「誰かに見てもらえるような人になりたい」

という言葉ともつながってくる。

真冬は誰かに見てもらいたかった。

しかし、神崎に見てもらっているようで、実際には見てもらえていない。

神崎が見ているのは、死んだあみなのだから。

そして、ここで「そうとうまぬけ」というタイトルが効いてくる。

誰がまぬけなのか。

真冬なのか。

神崎なのか。

それとも、あみなのか。

おそらく、そのどれでもあるのだろう。

いや、もっと大きく言えば、人間そのものなのかもしれない。

愛する人を失いたくない。

過去を消したい。

苦しみを取り除きたい。

死んだ人をもう一度生き返らせたい。

人間は、そういう欲望を抱く。

そして科学がそれを可能にしてしまったら、人間はきっと、それをやってしまう。

しかし、記憶を操作しても、人間の苦しみは消えない。

別人に記憶を移しても、死んだ人間は生き返らない。

むしろ、別の人間の人生を壊してしまう。

神崎は、あみを救おうとしているうちに、「あみを救う」という目的そのものを見失ったのかもしれない。

最後に残ったのは、

**あみを失ったという現実を認めたくない**

という欲望だけだった。

だから、真冬の中にあみを作ろうとする。

けれど、何度やっても「あみ」にはならない。

それでもまたやる。

「これで最後にするね」

と言いながら、

「でもまた来るね」

と続ける。

薬も、記憶も、愛も、執着も、終わらない。

人間は、どうしても手放せないものを抱えてしまう。

その姿は、たしかに「そうとうまぬけ」なのかもしれない。

でも、それは笑えるまぬけさではない。

**愛してしまった人間が、愛ゆえに現実を受け入れられなくなったときに生まれる、悲しい愚かさ**なのだろう。

そして最も怖いのは、その結果として生まれた真冬が、少しずつ「あみ」になっていきながら、決して「あみ」にはならないことだ。

あみの記憶。

真冬の人生。

神崎の欲望。

そこに薬や金や、他人の脳まで入り込んでいく。

そうして一人の人間が、少しずつ「何者なのか分からないもの」へと変わっていく。

蘇りの物語は、昔から繰り返し作られてきた。

愛する人を死から取り戻したい。

もう一度会いたい。

もう一度、生きている姿を見たい。

しかし、この作品が描いているのは、その願いが叶った先なのかもしれない。

**死者は戻ってこない。**

戻ってきたように見えるのは、死者の記憶を植え付けられた別の人間にすぎない。

そして、その人間まで壊してしまう。

それでも人間は、愛ゆえにやってしまう。

だから「そうとうまぬけ」。

人間は、自分が何をしているのか分からなくなるほど、誰かを愛してしまうことがある。

その愛が、救いになることもある。

けれど、ときには誰かを生かすどころか、別の誰かの「私」まで奪ってしまう。

この14分の短編は、そんな人間の欲望を、記憶というSF的な仕掛けの中に閉じ込めた物語なのかもしれない。

そして最後に残るのは、

「いったい、誰が誰なのか」

という問いなのだろう。

もしかすると、その問いこそが、この作品における本当の「走馬灯」なのかもしれない。

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