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このごにおよんで愛などの作品紹介

このごにおよんで愛などのあらすじ

絵本作家の小島詩(長澤まさみ)と保険会社に勤める小島杜夫(柄本佑)は、結婚3年目の夫婦。詩は「そろそろ子どもをつくらない?」という杜夫の提案をはぐらかす傍ら、夫に隠れて不貞関係を続けている恋人がいた。それは、詩の担当編集者の倉持潤奈(石橋静河)だった。どちらとの関係もぎくしゃくしていくが、どちらかを選ぶことも、杜夫と子どもをつくることもピンとこない詩。二人から選択を迫られた詩は、突拍子もないことを思いつく。 「たとえば、3人で子どもを作るのはどうかな?」 自分勝手な提案に初めのうちは戸惑う杜夫と潤奈だが、3人で一緒に暮らしていくにつれ次第に関係が変わっていき、ついに潤奈の妊娠が発覚するのだが─。愛する人と共に生きることに迷い悩む、多様な愛の物語。

このごにおよんで愛などの監督

広瀬奈々子

原題
公式サイト
https://k2pic.com/film/konogo/
製作年
2026年
製作国・地域
日本
ジャンル
恋愛
配給会社
K2Pictures

『このごにおよんで愛など』に投稿された感想・評価

これまであまり描かれてこなかった愛や家族のかたちを、正面から見据えた一作。不倫や浮気、三角関係をただなぞるだけの物語ではないし、「ジェンダーマイノリティの苦悩に寄り添う話」と一言で片づけられるほど単純でもない。本作が描き出すのは、愛、親子、孤独といった普遍的な問いであり、その簡単には答えの出ない問題に、一風変わったアプローチで踏み込む男女3人を通して寄り添っていく。本作だけがもつ特別さと、観る者の誰もが共感できる普遍性——その両者のバランスが絶妙で、終始心を惹きつけて離さない。


長澤まさみ演じる詩は奔放で、見方によっては自分勝手とも映る人物だ。だが、それでいて彼女に惹きつけられる者たちがいることには十分な説得力があり、その造型の奥に、彼女が抱え続けてきた孤独もまた痛々しくこびりつく。愛したい、愛されたいという願いがあるからこそ複数の恋愛に踏み出すのに、誰もが理解できるような愛し方はどうしてもできない——その不器用さを、長澤は明るい仕草の似合うオーラとたしかな演技力で見事に体現してみせた。

柄本佑演じる杜夫は、心優しく繊細で、言いたいことを言えないまま詩に押し負けているようにも見える。だが、ふとした瞬間に思いの端がこぼれ出し、ひとり感情を滲ませる場面もあって、決してエゴがないわけではない。一見すれば「優しくて押し負けている可哀想な人」だが、その実、意外な癖を秘めている——そのアンバランスさが人間味を生んでいるし、柄本の繊細な演技にもぴたりと嵌まっている。

石橋静河による潤奈もまた、複雑な人物だ。自身の望む幸せが叶いにくい——というより、そもそも現代社会においてどんな幸せを望めばいいのかすら分からずにいる、そんな迷いを抱えているように見える。強さの奥に苦悩と弱さを潜ませる石橋の演技と、彼女の孤独を浮き彫りにする撮影・編集とが噛み合い、この潤奈という人物にもまた、観る者を深く感情移入させる。


そうして、それぞれが単なるアイコンに収まらない人物として造型された3人が、複雑で特別な関係へと踏み出していく——その3人の描き方がまた面白い。「詩がふたりの間で決めかねていて、詩を好いたふたりが振り回される」といった単純な図式ではない。3人全員の間に愛憎の入り混じった空気が漂い、好感度と親密度のメーターが絶えず上下し続けている。時には“恋敵”であったはずのふたりが妙に気が合いはじめ、本来いちばん中心にいたはずの詩が、どこか疎外感をにじませる素振りを見せたりもする。互いに好意や執着を抱き、関係のかたちを刻々と移り変わらせながらも、結局はそれぞれが完全には分かり合えず、どこかで拒絶し合ってもいる——そうした均衡の危うさが実に興味深く、一筋縄ではいかないその質感が、なんともリアルだった。

とりわけ印象に残るのは、当事者3人がほかの男性カップルとバーで飲んだあと、なんとも言えない表情で手を振り合うシーンだ。あの一瞬にこそ、本作が描く3人の名づけがたい関係が凝縮されているように感じた。

手すりや相合い傘の構図によって詩の疎外感を際立たせるカットなど、撮影の構図やロケーションもまた3人の感情と関係を雄弁に語っており、観る者は視覚の面からも、この3人の関係へと引き込まれる。


本作が描くのは、“愛”の複雑さや面倒くささばかりではない。子どもが欲しいという願いや、親によってこじれた人格を通して、“親心・子心”の複雑さもまた掬い上げていく。3人の独特の関係を通じて、生まれてくる子どもはどんなかたちであれ、ただそこに咲けばいい——そうした価値観を差し出す一方で、親の影響によってこじれてしまった詩自身の人格形成もまた見逃せない。親にコンプレックスを抱える詩が、“絵本作家”という子どもに密接した職業を選び、仕事に自らの思いを託しているように見える点も興味深い。


愛とは不確かなものだ。何をして、何を言えば愛なのか——それを明確に定義することはできないし、言葉に落とし込めるものでもない。どれだけ無関係だと思おうとしても、親や生育環境と人格形成のあいだにある相関は無視できないはずで、かといって、どこまでを親のせいにできるのかもわからない。愛も親子関係も、結局は同じ——“なんとなくわかるが、突き詰めればよくわからないもの”なのだ。言語化もできず、明確な答えもない不確かなものへの疑問。煮え切らない感情。何のせいにもできず、解決もできない問題。本作はそれらに、映像作品としてリアルな人間関係を描きながら、そっと寄り添うことに成功している。

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【STORY】


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観た回数:1回
昔のコカコーラのCMみたいなジャケットやな

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