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『木々は見ている』に投稿された感想・評価

3.7
監督Q&Aあり
国を離れて20年が経ち、その中で感じた恐怖を表している映画とのこと
序盤はホラー証言多め、後半はローバジェットのためこうなってしまうのかなというシーンが多かった
監督の前作とはかなり作風が違い驚いた
何はともあれ監督が元気そうで良かった

東京国際映画祭2026
2.0
【闇堕ちしたコッシーVSエヴァ・グリーン(トイレの花子さんも緊急参戦)】
動画版▽
https://www.youtube.com/watch?v=XUMm19HgOeY

第39回東京国際映画祭にバフマン・ゴバディ監督の問題作『木々は見ている』が選出された。本作はエヴァ・グリーン主演、マーティン・スコセッシが製作総指揮を務める作品であり、バフマン・ゴバディ自身『酔っぱらった馬の時間』や『亀も空を飛ぶ』『ペルシャ猫を誰も知らない』と数々の名作を撮ってきたイラン映画の巨匠なのだが、トロント国際映画祭で観た人の評判がすこぶる悪く、Letterboxdには大勢の悲鳴が木霊している。

どうやら、制作が急ピッチだったのか生成AIによるチープなVFX処理が施されているらしく、話の微妙さも相まって大炎上しているらしい。

東京国際映画祭は番組選定プロデューサーが市山尚三氏に変わってから、10人いたら数名にしか刺さらなそうな尖り散らかしたジャンル映画や実験映画をコンペティション部門に潜り込ませる傾向があり、過去には『死体を埋めろ』や『士官候補生』といった珍作が混入していたわけだ。今回の珍作ホラー枠が『木々は見ている』なのだが、観て納得がいった。

どうやら生成AIによるチープなVFXは修正されているっぽく違和感はそこまで抱かなかったものの、やっていることが『デス・トイレ』や『アタック・オブ・ザ・キラー・ドーナツ』などといったZ級映画だったのだ。本人はスピノザの哲学を引用し、『リング』や『仄暗い水の底から』などといったJホラーを意識しているように思えるが、低予算ホラーにありがちな尺稼ぎに尺稼ぎを重ねた薄っぺらい内容に、モンスターバトルを挿入していくタイプの作品であった。

エヴァ・グリーン演じる作家が取材のために故郷であるトルコのマルディンへ帰る。耳の聞こえない娘と共に滞在するのだが、夜になると椅子が動き出し、娘が恐怖に怯える。この怪奇現象の正体はなんだろうか。映画は作家の幼少期と交差させながら謎に迫っていく。

映画は随所にどこかで観たことあるホラー展開のパッチワークが施されており、それをガキの泣き叫ぶ声というBGMで薄く薄く引き延ばしていく。低予算映画なので、こことぞばかりにスペクタクルをドヤ顔で魅せてくるのだが、これがどれも失笑超えて爆笑ものである。たとえば、道路を走るトラックの前にあまりに不自然な形で、チェンソーの刺さった木が現れる。そのまま倒木し、一台のトラックは崖から落ちる。そして連鎖的にもう一台のトラックから丸太が落ちて、おっさんに襲い掛かる。チープな『ファイナル・デスティネーション』が展開される。また、学校パートではトイレの花子さんが緊急参戦。椅子を引き摺るキッズとの追いかけっこが始まるのだ。

そしてラスボスが、闇堕ちしたコッシーなのだが、エヴァ・グリーンが飛び掛かって来る椅子に向かって斧攻撃するのだが、詰めが甘くて返り討ちにされる。この場面こそ気合入っているんだと監視カメラの映像でも魅せてくる。だが、明らかにアクションとしてキレがない。泥試合過ぎて笑いが込み上げてくるのだ。

イランの監督が国外ロケや海外スタッフと一緒に撮ると大惨事になる傾向があるのだが、本作もその宿命から逃れられなかったようである。ただ、映画祭はこういう映画があってこそである。楽しく観た。
TIFFコンペ部門。
これは色んな意味で珍品。
エヴァ・グリーン演じる作家のダリアは、新作の執筆のために子ども時代を過ごしたトルコのマルディンに、娘を連れて戻ってくる。
仲の良かった幼馴染の姉妹の家は既に無く、更地に二本の木が墓標の様に立っているだけ。
到着してすぐに、奇妙なことが起こりはじめる。
一脚のイスがひとりでに動き、まるでダリアたちを監視するようにつきまとう。
「サイの季節」などの社会派作品で知られる、バフマン・ゴバディ初のホラー作品。
とは言っても、本人はホラー映画を撮るつもりはなかったそうで、16年続く亡命生活と、母国であるはずのイラン当局への恐怖が、いつの間にか世界の見方を暗くしてしまった結果だと言う。
主人公ダリアの世界は、やがて虚実の境界を失い、混沌としてゆくのだが、時同じくして街で奇妙な殺人事件が起こる。
人は死ぬと木に生まれ変わり、切り倒されて物に加工され、また生まれ変わるという作中の詩が、物語の死生観のベースとなる。
そして一連の怪異の根源が、数十年前の子ども時代に、ダリアが犯した「罪」にあることが見えてくる。
過去の事件の原因となった「怪談」が実際にあるか分からないが、トイレとお化けは世界的に相性が良いのだろうな。
一応、森林伐採の問題などもリンクしてくるのだが、その辺りの社会派的な味付けは、本作の場合あんまり作者の関心事ではないのだと思う。
不気味なイスの造形は大きな「目」を思わせ、常に監視されているという、作者の感じて来た恐怖が、象徴的に表現された心理スリラー。