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無頼平野
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『無頼平野』に投稿された感想・評価

菩薩
3.8
無頼にゃ無頼の死に様がある…ってな具合に、金子光晴の詩と共に、冷たい雨に送り出される旧加勢大周が沁みる…。個人的ピークは当然胎盤から血を搾り取る仕事に従事してる佐野史郎と金山一彦の横並びなんだけど、自分の愛する女を敵に犯されたかもしれんと、そんな不安と憤りを抱えながら敵の女の娘を犯す旧加勢大周がエモエロい。どの方面にぶっ飛ぶと言うわけでも無く、むしろそう言う作品を期待してしまったら多少物足りなさを感じるかもしれないが、エロもグロもバイオレンスも任侠も、石井輝男的要素が存分に楽しめる作品であり、非常にバランスの良い一本だと思う。なんせ大槻ケンヂ、あがた森魚、早川義夫、原マスミ、なんて並びが贅沢過ぎるし、つげ兄弟をやらせて佐野史郎の右に出る者はいない。童貞捧げたババアのズロース履いて寝そべるとこなんて哀れすぎて泣ける…。一人だけちゃんとガロしてる。
暴力団幹部(南原宏治)に狙われている踊り子(岡田奈々)を救うべく、一匹狼の無頼漢(加勢大周)が立ち上がる。ファム・ファタールに翻弄される男たちの悲喜を描いている、アクション映画。つげ忠男原作。

石井監督が約10年ぶりの映画復帰を果たしている作品。吉田輝雄、由利徹、南原宏治などといった往年のスターが共演しており、岡田奈々を三原葉子に置き換えると「地帯(ライン)」シリーズの新作のようになる。

登場人物では、遺体から血液を取り出すという闇仕事に従事している青年(佐野史郎&金山一彦)が印象的。この佐野史郎が実質的な中心人物であり、踊り子とヤクザの人間関係を、第三者視点で眺める役割を担っている。

何よりも、社会的底辺部のしがない青年が、踊り子を高嶺の花として崇めている構図に共感を禁じ得ない。昔の作品から順番に鑑賞すると、どうしても主人公の加勢大周に力不足の感が否めないが、映像から漲るエネルギーは健在。
✔️🔸『無頼平野』(3.6)🔸『クラバート』(3.6)🔸『クリスマスの夢』(3.1)🔸『彗星に乗って』(3.1) 及び🔸『ぼくのお日さま』(4.1)🔸▶️▶️

 今は、デジタル時代でソフトのコピーや融通も簡単になり、安倍さん時代の働き方改革という出鱈目施策で時間も出来、かなりの本数を観てるが、永年基本その時観たい欲望が盛上った作品しか観なかった。周囲もせいぜい年数十本クラスの人で、映画についての本格的話等殆どしなかった。しかし今、催しのすべての作品を観尽くす人が周囲に多い。よく疲れや混乱をおぼえないなと感心するが、体系的に作家や流れを掴むには一時に観ることなのだろう。しかし、井上梅次や現代アルゼンチン特集全作踏破など無理。半世紀かかっても、黒澤やヒッチコックも観てないのもある。黒沢(清)やスピルバーグなど半分位しか観てない。
 だから、何十年もかけて作家を追ってると、当時は評判の高さと作品の特異性に押し潰されて、重い印象しか受けなかったが、気になりフランクに見直したい作もかなりある。空いた時間に、30~40年振りにそれらの代表的作を観る。石井の『無頼平野』であら、ゼマンの『クラバート』だ。
 『無頼~』は次の『ねじ式』が傑作だっただけに引っ掛かってた。私室らの暗く赤め光線包み・胎児や血糊らの塗り込みの重み、動き分け繋ぎや並行二場の無理やり関連モンタージュの強さ、回想や語りによる因縁の深い絡み設定、ショーやダンスの安っぽい威勢の良さ、ロケ場やセットの細かく丁寧な組合せの再構成力、個人的交遊や過去の仕事の仲間らを桂千穂や内藤誠らから嵌め込み途切れなし、全体のカラフルさと底なし沼一体の地域力。こりゃ好きな人は好きになるわなと改めて感心。
 只、ショットの絡みが密着し過ぎで、また、ある時代ある地域を描くのは、これまで足場から離れるステップ台だったのに、(やくざの)黒竜会、(浅草的)~座、血液銀行と胎児処理、(疑似)親子やアイドル、等逆にしっかり根をおろしてるのは、やはりおもったるくもある。他のこの作家の他傑作が、そこを軽く切り離したスタンスの軽みが魅力だっただけに。
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 『クラバート』(つづく『ホンジーク~』もか)が回顧展でなく、出来立てくらいの時に小野耕世さんが紹介し、上映会もあったのは40年以上前か。切り絵アニメ位はわかったが、取り立てて感動はなかった。
 改めて観ると、これは単に切り絵と言えない厚みがある。切り絵は一般的に薄手で組合せからなってる所があるが、パーツを変えて色々に対応というより、様々なシチュエーション毎に全パーツの方向性をそれに合うものに改め、深い状況とその一概にはゆかない多面性を表現している。アップの表情対応は敢えて動かないのだが、周りの退きの書込みでそれは自然に表情限定より伝わる。変身、周囲描き込み、独特のペルシャ風だかの深く確かな味わいの線重ね、重い分・烏に成らされての可能性含めた飛翔フォローらは手応えと意味が伝わる。
 貧しくも「自由」だけは保持していた青年が、つい「悪魔の水車小屋」と止められてた場に勤めに行き、「親方」の人や物を変身させ、金を得て、元へ戻し、大層蓄財して行き、青年ら数人は魔法に通じてなくて、自由から離れてゆき、一歩も二歩も上から操られ、定期的に入替えでサイクルで墓場へ、の繰返し。主人公はこっそり親方の小屋で魔法を習熟して対抗してゆき、本に書いてあった「愛に勝る魔法はなし」の力を得た、恋人とタッグの力で打ち破る。自由と愛を手にす。
 恋人に限らず、同僚達との友情や相手の立てかたもいい。水流や煙、火事らの自然現象は実写。平面性+αの、退き・寄り、縦や横移動、らのタッチ。
 初期の人形アニメ『~夢』は、DISして二分化、フォローや縦移動、対応やどんでんで、クリスマスの日の夢世界、捨てた人形の新規動物人形らを引き連れての、道化芝居の力与え姿を描いて、まぁ、面白い。
 (ついでに1番組『彗星~』も観る。色を抜いて独自に着色した、エッチング的ゴージャスなベース美術の存在感に、恐竜のビニール可変も立体人形群の厚みある皮膚感覚からの動かし、衣装や時代色しっかりした兵や人々の俳優演技、水流や爆裂の実写、らを組合せスタリュシュに進めてて、退き寄りや移動も滑らか、それらの味わいはやはりスマート、かつこの作家の時代毎の多面的表現方法模索の達成を、納得す。
 1880年代、列強各国と異世界強国対立の時代、彗星の接近と引力吸上げで対峙各国前線がそこへ移り、元よりの原始恐竜時代も加わり、主人公1将校と囚われの姫の結婚へ向かう話も。全ては将校の測量中・海へ転落しての、夢だったオチへ。各規則と時代差。)
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 2人とも凝った力作でその分どっか引っ掛かるのだが、素人的場に任せて、自然な世界の拡がりとその可能性を、人智を超えて与えてくれるような、子供じみた発想と技法による、現在の新作の方に、よりくもりのない感動をおぼえる、のは規定しかねる新鋭の可能性への期待か。
 『ぼくのお日さま』。まず北海道の奥まった内陸の町。ラストの春を除き一冬、雪の様々な相が尽きることなく連なる。雪のない時との対比でなく、唯々、繰り広げられる自然の内在した力。おまけに最初の辺は16㍉フィルムの質の悪いやつかのように、どこかくぐもり、ぬけがわるい。やがて中盤から粒子性よりも、粗めも開放的にあらゆる物を持つかの様に拘束感を失くしてく。そしてスケートリンクの3人の呼応異次元踏み出しを描く、スローや望遠、限界を超えた光の取り入れ、パンやフォローの単純も自在タッチ、を夢幻を感じるまでに繰り広げてく。スケートリンクから、氷の張った湖まで、3人で出掛けてく。
 それはあるスーパーでの見かけで終わるが、状況描写はごく僅かに留め、描写、その被写体間の存在自体に届いてく。まるで初めてカメラを持った子供の感覚の解放のように、映画的な表現の道のりは消えてゆく。
 が、その無縫振りばかりへ嵌まってるかに見えて、ベースは何となく、意味はなくとも必需として触れられはし、作品を小さく纏めへむかわせてる。切返し、それを含む90゜変、望遠(パン視界)で孤立の中で別観点。縦の図で気にしてる関係。
 吃りで集中出来ない発達障害的、アイスホッケーの部活の小6男子。いつしか感心は、同じリンクでフィギュアのコーチを受けてる女の子に目を奪われる。異性に惚れたと同じくそのかたちに。同化しようとアイスホッケーの靴で延々、一人になって閉園まで稽古。それがフィギュアのコーチに興味を抱かせ、近づき、コーチが始まり、熱を帯び、才能も見出だすに至る。「ソロにはアイスダンスが、役立つ」と少女を説得し、3人の創造と心の交歓が高まる。互いの温度差はいつしか溶かされてく。が、少女はコーチが同性の恋人といる日常を目撃し、競技会当日現れない。「気持ち悪っ」と後日言葉を投げ掛け、その母から指導の打ち切りも伝えられる。世界のトップに立ってた彼がこんな田舎町に何故?と前から噂されてたが、恋人が家業を継がなくてはなかなくなってたからだった。「俺にはここしかない」と云う恋人に、「(普通の恋愛にのめり込む)卓也が羨まし(く同化応援した)かった」と言い、別れ他の地に旅立つ。その道中、再会して彼から貸してもらってたスケート靴を与えられた少年は、同じく中学生初登校の少女(既に中学生かな)と出くわし、両者には何の忌憚もなく晴れやかさが包む。
 コーチの同性との私生活も、ベタベタ感は何もなく、3人の夢の破綻も、流に逆らわず二流ドラマ的に描かれる。フィギュアの練習の逆光過大潰れ図も、形より内よりの晴れやかさの拡大となる。そして野外の湖の氷面への自然な流れは、競技も状況要請も超え、只感覚と他を寄せ付けずまた差異を失わす一体の歓びだけが満ち、飛翔する。
 肝心の競技会無しに肩透かしなのか、単純な内容と技法に、映画の儚さに殉じた潔さに、意識せずも同調した部分があったのか。前作も一般的な映画的絞り込みから外れた作だったが、悪くはないはかりか、今度は朧ろな内なる勝利感も含む。










  直後感想
●気持ち悪っ、羨まし、俺にはここしか。
光量色明るさ、スモーキーから晴れやか、90゜切返し・縦どんでん、スロー、音楽、のり、スケートとポーズ、自在伸びやか、
●愛に勝る魔法は、実写水流、ひきより、悪魔の水車小屋、烏で飛ぶ、人へ戻れるか、少女、重み
●人形増え、道具、夢、DIS2分、フォローや縦、すいすい、 
●規則ら、昔の地球に帰るのが怖い、新婚。
ひきより、移動、実写、ビニール竜駒、エッチング的、1880

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俺に賭けた奴ら

製作国:

上映時間:

91分

ジャンル:

3.7

あらすじ

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