サマセット7

プリンセスと魔法のキスのサマセット7のレビュー・感想・評価

プリンセスと魔法のキス(2009年製作の映画)
4.0
ディズニー・アニメーション・スタジオの49番目の長編作品。
監督は「リトル・マーメイド」「アラジン」のジョン・マスカーとロン・クレメンツのコンビ。

[あらすじ]
20世紀初頭のアメリカ合衆国ニューオーリンズにて、勤勉なアフリカ系アメリカ人の女性、ティアナ(アニカ・ノニ・ローズ)は、亡き父の夢を継ぎ、町1番のレストランを作ることを目標に奮闘中。
夢の実現まであと一歩のところまで来た。
しかし、おとぎ話の「かえるの王子様」さながらに、アメリカ来訪中のマルドニア王国王子ナヴィーンが、ブードゥーの魔術師ファシリエに騙され、カエルに姿を変えられてティアナの前に姿を現す。
とばっちりで呪いを受け、自らもカエルの姿に変えられたティアナは、人間の姿を取り戻し、レストランを開くため、王子(カエル)と共に冒険の旅に出るが…。

[情報]
3DCGアニメの隆盛により凋落してから、ピクサースタジオを取り込んで2度目の復興を遂げたディズニーの、いわゆる「第二のディズニールネッサンス」期の初期の作品。
今作に続き、「塔の上のラプンツェル」や「アナと雪の女王」がメガヒットを放つに至り、第二のディズニールネッサンスは完成を見ることになる。

主体的に行動するヒロイン、王子と結婚することそのものに価値を置かず、現代的な「幸せ」を問いかけるストーリー、ディズニー映画史上初のアフリカ系アメリカ人ヒロインの採用など、この時期のディズニー作品の「挑戦」が見て取れる。
ディズニーのアニメ史上でも、歴史的な転換点と目される作品の一つであろう。

今作は、全面的に3DCGに移行する前のセルアニメ最後のディズニー作品である。
本作の製作のため、ディズニーは一時会社から離れていた「リトルマーメイド」「アラジン」のジョン・マスカーとロン・クレメンツの両監督をわざわざ呼び戻して今作の監督を依頼。
大ヒットした両作を思わせる芸術的な2Dアニメーションを現代に甦らせた。

今作はジャズの発祥の地として名高いアメリカ南部のニューオーリンズを舞台としており、全編にわたってジャズが音楽として用いられている。

ジャンルは、アドベンチャーとミュージカル。
ヒロインとヒーローが、映画の大部分をカエルの姿で過ごす、という攻めた構成を採用。
さらにワニのルイスとホタルのレイが旅の仲間となり、動物アドベンチャーの要素を多く持つ。

原作はE.D.ベイカーのジュブナイル小説「カエルになったお姫様」。グリム童話の「カエルの王様」も劇中で言及される。
とはいえあらゆる点で現代的にアレンジされており、おそらく原作とは別物と思われる。

今作は1億ドル強の予算で製作されたが、興収は2億6000万ドルにとどまった。
予算の3倍で収支がプラスになる、という基準からすると、興行的にはやや苦戦か。
今作は、批評家、一般層共に、それなりの支持を集めた。
一方で、アメリカ南部を舞台にしているにもかかわらず、人種差別を正面から描いていない、などの批判があるようである。

[見どころ]
全編で流れる力強いジャズ!!最高!!
ブラックミュージックへのリスペクト溢れるミュージカル描写!!最高!!!
ボンクラで放蕩者の王子をはじめ、出てくるキャラクターが、どいつもこいつもキャラが濃い!!!シャーロット!ルイス!レイ!!!
カエル視点から見ると、森の中は危険でいっぱい!ニューオーリンズの街中も、森の中などの自然も、映像やアニメーションがハイクオリティで美しい!!
土俗的な呪いを用いるヴィランも独特で面白い。
呪いの各描写もサイケデリックで良い!!
「星に願いをかける」ことに収斂する、感動的なストーリー!切ない!!!

[感想]
楽しんだ!!

ヒロインのティアナは、人間の姿で冒険をするのだろうと思っていたが、ほとんどのシーンでカエルの姿、というところにビックリした。
今作は「カエル視点で、動物たちの協力を得ながら困難を乗り越えるアドベンチャー」なのである。
タイトルの「プリンセスと魔法のキス」から想像されるモノとは、ギャップがあるように思う。
ヒーローとヒロイン共にカエルの姿をしていることは、いわゆるプリンセスストーリーを観に行った人の期待を裏切った可能性がある。
そして、アドベンチャーを好む層には、そもそも今作のタイトルはヒットせず、見られすらしなかったのではないか、という疑いがある。
今作が興行的に足踏みした原因は、この辺りにあるのかもしれない。

内容は、[見どころ]として列挙したとおり、非常に素晴らしい。
特に、ディズニーの祖国アメリカ合衆国を舞台として、アメリカ人を主人公に据えた作品として、アメリカ南部のカルチャーに対するリスペクトが随所に感じられ、見どころになっている。
ジャズ然り、土俗宗教然り、夢見る白人の金持ち娘と現実的にならざるを得ない主人公の対比然り。
何より、長年アメリカで奨励されてきたアメリカンドリームとは、何なのか、という問い直しが根本的なテーマとなっており、まさしくアメリカを舞台とした作品ならでは、といえようか。

ホタルのレイの、片思いの相手エヴァンジェリンに纏わるストーリーラインは、今作を忘れ難い作品としている。
夢の実現、というテーマと絡めて、レイのストーリーラインを思い返すのも一興だろう。

全体として、ディズニー初のアフリカ系ヒロイン、という以上の政治的な主張は感じなかった。
アフリカ系ヒロイン、ということ自体が雄弁なメッセージを含んでいるから、さらに人種問題や多様性の問題意識を加えると口説くなり、ディズニーの本質を外れる、というバランス感覚であろうか。
政治色を予想して今作を敬遠するのは勿体ない。

現代的なプリンセスストーリーを標榜しておきながら、結局は王子との結婚に落着するあたり、旧態依然とした価値観がアップデートできていないのではないか、との批判は、当然あり得ただろう。
こうした批判に正面から取り組んだのが、「アナと雪の女王」と言えるかもしれない。

[テーマ考]
今作は、アメリカンドリームとは何か、を問い直す作品、と見ることが出来る。
夢の実現のためにハードに働き、亡くなった主人公の父親。
その父の遺志を継ぎ、一心不乱にレストラン開業を目指す主人公。
金欠から、金持ちの女性との結婚を企んで訪米した王子。
果たし得ぬ夢を追う、ルイスとレイ。
金こそが力と断言する呪術師ファシリエ。
多くのキャラクターが、このテーマを語るべく配置されている。

重要な役割を果たすママ・オーディは、主人公に「望むものではなく、本当に必要なものは何か、考えて」と助言する。
そして主人公の亡父も生前、常に最も大切なものを何か、考えるようにティアナに伝える。
「夢」に向けて突き進むのも、結構。
しかし、「幸せ」になれなければ意味がない。
努力の果てには、せめて「幸せ」が待っていてほしい。
まさに日々アメリカンドリームと向き合う製作者の切なる願いが感じられる。

[まとめ]
第二のディズニールネッサンスの幕開けとなる、アメリカ南部を舞台としたカエル・アドベンチャー・アニメの佳品。

ディズニー作品における、「王子」に代表される男性主要キャラクターの立ち位置の変遷を考えるのも面白そうだ。
特に今作と、ラプンツェル、アナと雪の女王、の3作における「相手役」の扱いにほ、それぞれ顕著な違いが見られる。