磔刑

赤い殺意の磔刑のレビュー・感想・評価

赤い殺意(1964年製作の映画)
3.2
おススメ度☆☆
見応えはあるがニッチなジャンルなので人を選ぶ。エロ主体だが、現代的な感覚としては表現が弱めなのでインパクトに欠ける。ただ、その分繊細な情感はある。

<以下ネタバレあり>

「男の幸せは女の不幸の上に成り立つ」

スゲー古い作品だけど、今流行りの価値観を主題にした作品なので古さを感じなかった。
男性から一方的な搾取される女性。しかもブス。もう現代のフェミニストが震えて喜びそうな記号じゃないですか。最近見たフェミに媚び&媚びの癖に肝心なフェミニズム精神は上っ面な『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒』なんかと比べても、ずっとよく出来てる。しかも50年以上前に作られた男性監督作、しかもポルノ映画の前身の方が的確にテーマを捉えてるのが中々皮肉が効いてる。最近の映画界(特にハリウッドの話だが)は女性に監督や主人公を演じさせることに躍起になってて、映画表現によって訴えかけること自体を軽んじてる気がして、目的と手段がズレている気がする。

話を映画に戻そう。作中の男ども(旦那とレイパー)の自己中心的なクズっぷりを見てたら主人公が自立したくなるのも理解できる。
ただ、主人公も男がいなければ女としての幸せを感じる事が出来ないことを察してるがゆえに悪い男共に引っ張られ、ズルズルと不幸の道へと進んでしまう。逆に旦那とレイパーは主人公への接し方は大きく違うが、結局は女のことを自分を幸せにする為の都合のいい道具程度にしか思ってない。しかし、自分が自立した男である為には女性の存在が欠かせないことを旦那、レイパー双方の窮地を見れば明らかだ。
そう考えると過剰な自身に満ちた男社主導の会が当然だと思ってる男も、それがなくても自分たちだけで生きていけると思ってる女、双方愚かだと思える。結局、世界は女と男、両方が存在があってこそ成り立つんだなと。
少なくとも現代の狂った形だけのフェミニズムは男性よりも優位に立ちたい、僻み&妬み根性が酷すぎて今作の旦那やレイパーと大して変わらないのも中々に皮肉である。

しかし、ステレオタイプな亭主関白な旦那はともかく、レイパーの思考が中々クズ過ぎて全く感情移入できなかった。まぁ、ああいう自己の破滅に他人を巻き込むことに自責の念を感じないタイプの人間って今の時代すごい多くて、そういう面も現代でも通用する要素だと思う。
あと、時折見せるカットの美しさは素晴らしい。暗闇で揺れるライトの中から現れる人物やアイロンに反射し露わになる自らの人間性。空を舞うシャツや深い闇の中に転落する主人公なんかは割と「どうやって撮ったんだ?」と思った。列車の中を移動する人を平行に映すカットもドラマに緊迫感を生んでたが、窓ガラスに反射してモロにカメラとカメラマンが映り込んでた。この辺は表現力にまだ技術が追いついてない感がある。

時折鳴る「ビヨョーン」って効果音が『ど根性カエル』のオープニング曲で流れる音に似てると思った。あまりにもどうでもいい🐸。
本当は日活ロマンポルノが観たかった。特に『昼下がりの団地妻』。でも円盤が無かったので仕方なく今作にしたんだけど、まぁそれなりに満足できた。エロ目的じゃないけど、濡れ場が全然エロくないっていうね。この時代だったら攻めてる方なんかね?にしても主人公がブスなのが中々ニッチ。リアル志向なエロさを求めてるんですかね?円盤に印刷されてる主人公の写真が中々美人でワクテカしながら鑑賞したからちゃぶ台ひっくり返されたような感覚だったわ。

まぁ、今の子に『昼下がりの団地妻』の語感から伝わるなんとも言えない淫靡なニュアンスは分からんだろうな。現代風にアレンジするなら『昼下がりのタワマン妻』ってところか。ん?なんの話してたんだっけ?🧐
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