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水の中のナイフのninjiroのレビュー・感想・評価

水の中のナイフ(1962年製作の映画)
3.9
それ以上何も言わないで。
湿った空気が肌に衣服に降り注ぐ。
折り曲げた関節が動く度に毛を剥がれた獣のなめし皮が張り付き離れる度に奏でるハイトーンに属した振動を小さく骨を通じて信じる者の無い評定場で明らかにするように。
夜明けを目掛けて仕掛けた筈のベルは、規則通りに時を教え、虚しさが漂う他人同士の2人の鼻も触れ合う距離は、ある時に幸福も愛も偽りに消えたと機械と同じようにけたゝましく鳴り響く。
言葉は役に立たない。朧な月も満天の星も、あなたの見慣れた指が差す方向も、同じ舟に乗った各々が向かうべき約束の場所ではない。
うっかり深い湖の底に落としたナイフのように、それをそのまま元あった場所へと返すことは出来ないでしょう。一度気付けば帰る道は長くて、思い返せば来る道も、指折るならば何度も往復する程に長かった。
時間で言ったら嘘になるかもしれない。
言うべき言葉も、するべきこともない。
私はそこで、誤魔化しながら見ていた。
私はそこで、一部始終を見ていたから。
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