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メランコリアのKotaのレビュー・感想・評価

メランコリア(2011年製作の映画)
4.4
“わたしには分かるの。地球は滅びるべきだと。”

やられた…。“ドッグヴィル”も“ダンサーインザダーク”も大嫌いな僕が、まさかのラースフォントリアーにやられた!あぁもう最高、終始背筋ゾクゾク感がたまんねぇ。骨抜きにされたし、口が開いたままエンドロールで言葉が出なかった。なんだこれ。本当にすげぇ。

子供の時に誰もが一度は思ったであろう「死んだらどうなるの?」という拭えない恐怖や、「明日世界が滅亡するかも」という根拠のない不安、それを思い出させるような映画だった。オープニングの9分間の絵画のようなシーンから一瞬で引き込まれた。エンディングは4Kプロジェクター且つ5.1サラウンドスピーカーの良さを始めて髄まで堪能できたと感じるほど、大迫力の映像とクラシック音楽に涙が出そうだった。

物語は二部構成で姉妹のジャスティン(キルスティンダンスト)とクレア(シャルロットゲンズブール)にそれぞれ焦点が当たり進む。第1部はジャスティンの結婚式だが、鬱症状があり社会に溶け込めないジャスティンが自分の披露宴にも関わらず台無しにしてしまう過程が描かれる。第2部は惑星メランコリアが地球に衝突する可能性があるという世界滅亡の危機の中、翻弄されるクレアを描く。とにかくこの二部構成での力関係の移り変わりに注目して観て欲しい。

世の中から“幸せ”と思われている人こそ、ある状況になると“不幸”になってしまう。世の中から“異常”と思われている人は、ある状況では“正常”になる。オープニングでクレアの後ろには太陽があり、ジャスティンの後ろにはメランコリアがある事に表されているように、私たちは「自分達が慣れ親しんだもの」を正常であると思い込む。メランコリアがそこに存在し、全てを消し去るとも知らずに。

クレアの息子レオだけが月に表されるように中間地点にいて、子供ながらの純粋な気持ちで偏見のない視野を持っていた(世界がどんな状況でも一貫してジャスティンの事を慕っていた)。結婚式でお前は(社会的に言う)幸せになるべきだと言われたジャスティン。地球滅亡で全てのしがらみから解き放たれた時が彼女にとっては幸せだったのかもしれない。そして俗に言う“勝ち組“であったクレア夫妻は地球滅亡に恐れ慄き、最後まで怯えながら死んでいくのであった。結局幸せとはなんなのか。

長々と書いてしまったけど、それほどまでに奥深く素晴らしい作品。屋敷とゴルフコースと星空だけの無機質な世界感と、キルスティンダンストがひたすらに美しい。今まで苦手だったラースフォントリアーを好きになるきっかけであり、自分史上最高の滅亡映画。はんぱねぇ。
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