サマセット7

ファイヤーフォックスのサマセット7のレビュー・感想・評価

ファイヤーフォックス(1982年製作の映画)
3.5
監督兼主演は「許されざる者」「ミリオンダラーベイビー」「グラントリノ」のクリント・イーストウッド。

[あらすじ]
1980年代初頭、米ソの冷戦の最中。
ソビエト連邦は、戦力バランスを覆す最新鋭の戦闘機ミグ31、通称ファイヤーフォックスの開発に成功する。
ファイヤー・フォックスはレーダーで捕捉不可能な上、パイロットの思考を読んで操縦可能というのだ。但し読み取る思考はロシア語に限られる。
その情報に震撼したNATOは、ソ連本国にパイロットを送り込み、基地から新型戦闘機を奪取させる計画を実行に移す!!
計画の実行者に選ばれたのは、ベトナム戦争に従軍したが戦争に疲れ、空軍を退役した元米軍パイロット、ミッチェル・ガント(クリント・イーストウッド)であった。
抜擢の理由は、彼がロシア語で思考し、新型機を操縦可能なこと。
スパイとしては素人のガントは、KGBの跋扈するソ連本国に乗り込むが…。

[情報]
2度のアカデミー賞監督賞に輝く名匠クリント・イーストウッドの、8本目の監督作品。

イーストウッドの俳優歴、監督歴は非常に長く、フィルモグラフィーは膨大であるが、今作は1982年の作品。
イーストウッドは52歳。
60年代のドル箱三部作、70年代のダーティーハリーシリーズのヒットを経て、俳優としては円熟の域にあった。
他方、監督としては,71年に恐怖のメロディで監督デビューして以来、90年代以降に高評価を得るまで、70年代と80年代は助走の時期、と言えようか。

今作は、クレイグ・トーマスのスパイ小説「ファイアフォックス」を原作とする、スパイ・戦闘機アクション映画である。
原作小説は、1976年のベレンコ中尉亡命事件をモチーフに書かれた。
この事件は、ソ連の空軍中尉が、最新の戦闘機とともに西側への亡命を図り、途中、函館に不時着し、その後亡命を成功させた、というもの。
この事件で実際に西側が手に入れたソ連の戦闘機は、技術的に西側に優位するものではなかったようだ。
原作小説では、対象となる「ミグ31」を思考誘導などのSF的な機構を有するハイテク機と設定。
映画化された今作でも同様である。

言うまでもなく、スパイ映画の先行作として名高いのは、1962年公開作「007/ドクターノオ」から始まる007シリーズである。
今作は、クリント・イーストウッド版007と捉えることもできる。

今作前半はソ連国内を舞台にする。
実際の撮影は、オーストリアのウィーンで撮られた。
厳密には東欧ですらないが、異国情緒はよく出ている。

今作は、アラビアのロレンス、ドクトル・ジバゴなどでアカデミー賞作曲賞を受賞した作曲家モーリス・ジャールが音楽を担当。
後半の戦闘機アクションの特撮は、スターウォーズep4でアカデミー賞視覚効果賞を獲得したジョン・ダイクストラの特撮チームが担当した。
撮影監督はヒット作ダーティーハリーと同じくブルース・サーティース。
当時考えうる限り、最高に豪華なチーム、と言って良い。

今作は、2100万ドルの製作費を投じて作られ、4600万ドルを超える興収を上げた。
この成績は、イーストウッド監督作としては当時歴代最高、とのこと。
劇場興収とは別に、レンタルソフトとしても高収益を上げたため、今作は興行的に成功した作品とみなされている。

評価は、当時も現在も賛否両論、といったところ。
どちらかと言うと、現在は、イーストウッドの信奉者が巡礼のために観る作品、といった印象が強いか。

[見どころ]
クリント・イーストウッドの珍しいスパイ映画!
全編シリアス!
ほどほどのスリルとそこそこのサスペンス!
前半のスパイ映画と、後半の戦闘機アクションで、2つのジャンルを一作で楽しめる!
冷戦下における(イーストウッドがイメージする)ソ連国内を活写!
80年代の特撮技術に関する、資料的な意味合いもあるかな!!

[感想]
今ひとつ、のめり込めず。

136分はかなりの長尺だ。
あらすじからは、ド派手なアクションを期待する。
しかし、1時間前後の前半部分は、ひたすらソ連国内において主人公がバレないように問題の戦闘機に近づくまでが描かれる。
もちろん道中にアレやコレやがあり、それなりに緊迫感がある。
アクションも要所要所で見られる。
しかし、近年のアクション映画やスリラー映画で感覚が麻痺した身としては、ひたすら地味に感じる。
そして長い。

後半、主人公が戦闘機に乗ってからが本番、と思いきや、本筋は,ステルス戦闘機の所在をめぐる米ソの心理戦である。
イーストウッドは、コクピットの正面から撮った顔のショットと録音しておくための独り言がほとんど。
ドラマの多くは、ソ連の空軍本部における、高官たちの言い争い(ヤツはどこにいるんだ!!、責任とれるのか!?など)から生まれる。
それはそれで味わい深いが、見たかったものか、と言われると、疑問もある。

戦闘機の特撮映像は後半、たくさん見られる。
82年公開作、と考えると、なかなかの迫力だ。
曲や音響も効果的だ。
とはいえ、2024年現在の目で見ると、映像はいかにもCG以前の特撮、という感じが否めない。
アクションの質や迫真性で、トップガンマーヴェリックなどの最新作とは流石に比較にならない。
それはそれで特撮史的資料としては興味深いが。

主人公ミッチェル・ガントのキャラクターは、ベトナム戦争帰りのPTSD持ち、だが、今作においてその設定が掘り下げられることはない。
人間的成長や精神的復活、なども、特に描写はない。
一貫して、セリフよりも表情で演技する、クリント・イーストウッド。
それ以上でも以下でもない。
思考誘導、というSF的ギミックが活きるか、というと、そうでもない。
スパイ映画だからといって、驚きのツイストがあるわけでもない。
一部の批評家から酷評されたのも理解できる。
複雑さこそが醍醐味のスパイ映画と、シンプルイズザベストが信条のイーストウッド監督とは、噛み合わせがよろしくなかったか。

今作で印象に残ったのは、主人公のたどる本筋よりも、この作戦を支援するために身を粉にして働く、ソ連国内の内通者たち、あるいは、作戦を阻止するために奮闘する、KGBの高官たちの姿だ。
当時のアメリカ人のイメージにおける共産圏の、冷徹な圧政の様子が、活写されている。
その意味で、今作は、冷戦下における特殊作戦を巡る、関係者たちの群像劇、という見方が1番楽しめるかも知れない。

[テーマ考]
今作は、ジャンル映画であり、テーマなどあってないようなものだ。
イーストウッドと戦闘機特撮で客を集めよう、が全て、かもしれない。

あえて言うなら、冷戦下のスパイ作戦を通じて、共産圏における抑圧を描いた作品、とは言えるだろう。
前半で描かれるガントのソ連国内の協力者たちの苦悩。
KGBの高官たちによる、迫り来る冷厳な捜査の目。
後半におけるソ連の高官たちの不毛な論争。
いずれも、アメリカから見た、共産主義国家の恐ろしさと理不尽さを描いている、と見ることができる。
ガントと内通者の間の問答が象徴的だ。

核攻撃の恐怖を背景に、当時、アメリカはソ連を過大に脅威と考え、想像を逞しくした。
今作はそのイメージを刻印した作品、と言えようか。

[まとめ]
クリント・イーストウッド監督が冷戦下のソ連を活写した、スパイ映画と戦闘機アクションのミックス作品。

クリント・イーストウッド監督は現在93歳。
最近作は2021年の「クライ・マッチョ」だが、現在も現役バリバリ。
2023年11月には、脚本家ストライキの影響で中断されていた最新作の法廷スリラー映画の撮影を再開したとか。
もはや映画史を体現する、生ける伝説の今後に注目したい。