サマセット7

ミラベルと魔法だらけの家のサマセット7のレビュー・感想・評価

ミラベルと魔法だらけの家(2021年製作の映画)
4.3
ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオによる60作目の長編アニメーション作品。
監督は「ズートピア」「塔の上のラプンツェル」のバイロン・ハワードと、「ズートピア」(脚本)のジャレド・ブッシュ(今作でも脚本を兼ねる)。

[あらすじ]
南米コロンビアの奥地にて。
外界に閉ざされた楽園「エンカント」は、魔法だらけの家「カシータ」に住まう12人の一族に授けられた魔法の力「ギフト」により支えられていた。
婿養子2名を除く一族10人の内で唯一ギフトを授からなかった15歳の少女ミラベルは、5歳のいとこ、アントニオがギフトを授けられる儀式の夜、カシータが崩壊する光景を幻視する。
一族の長である祖母アルマの言動から異変を確信したミラベルは、エンカントを救うため、崩壊の原因の調査を始めるが…。

[情報]
2021年公開のディズニー製作3DCGアニメーション・ミュージカル作品。

大家族、コロンビア、マジックリアリズムを題材に、精緻なリサーチの下製作された。
大家族が題材となったのは、監督の2人と原案のリン=マニュエル・ミランダが、いずれも大家族の出身者であったことによる。
今作では、大家族の子供の心理についての考証が脚本に活かされている。

そのリン=マニュエル・ミランダは、ブロードウェイミュージカル「ハミルトン」の制作・主演で知られる劇作家、俳優、シンガーソングライター。
ミランダは「モアナと伝説の海」に続き、今作でもメインの楽曲の作詞作曲を手掛けた。
俳優としては「メリーポピンズリターンズ」のジャック役としても出演していた。
グラミー賞受賞3回、トニー賞受賞3回に輝く。
現代アメリカのキングオブミュージカル、と言ってよかろう。

今作のサウンドトラックはビルボードで4週連続で全米1位を獲得。
特に楽曲「秘密のブルーノ」は、ディズニーにとってアラジンの「ホールニューワールド」に次ぐ全米1位となった。
アニメ映画のサントラとして、記録的ヒット、と言える。

今作は1億2000万ドル超の製作費で作られ、2億5000万ドルを超える興収を上げた。
コロナ禍の影響を直に受けた形だが、劇場公開の30日後にはディズニープラスで配信開始し、ディズニープラスにおける2022年で最も観られた配信作品となった。

今作は英語圏の批評家、一般層から非常に広く支持を集め、高い評価を得ている。
アカデミー賞アニメ賞を獲得。
他方、私の見たところ、日本での評価は、本国ほどではないように見える。

[見どころ]
何より、陽気な歌と踊り!!
コメディ&ミュージカル!!楽しい!!!
さすがはディズニー、名曲の連打!!
「増していくプレッシャー」!
「秘密のブルーノ」!!!
「奇跡を夢見て」は泣けるー!!
天候、治癒、予知、植物、怪力などなど魔法の一族のそれぞれ異なる能力や、魔法だらけの家の動きは、見ていて楽しい!
満たされない想いを抱えるミラベルの境遇は、共感を呼ぶ!!!
色彩豊かな素晴らしいアニメーション!!
人の価値と、家族の在り方について描くテーマ性もお見事!
これを観ないのは勿体無い!!!

[感想]
予想より遥かに楽しんだ!!!

あらすじと、メガネのヒロインのビジュアルを見た私は、「なんだか暗そうな話だなあ」と予想。
しかし、そんな予断は、冒頭の「不思議なマドリガル家」のミュージカルシーンでぶっ飛ばされる!!!
ノリノリのラテン・ミュージカルじゃないか!!!
しかもこの曲、魔法の一族の能力の紹介ソングになっているのだ。
ということはサイボーグ009みたいな(例が古い)、特殊能力チームもの!!???
そんなの、面白いに決まってる!!!

またこのミラベルというお嬢さんが明るく陽気で屈しない、いい子なわけですよ。
ギフトがない、とか言っているが、「不思議なマドリガル家」の歌と踊りがあれば十分、他にギフトはいらないんじゃない???と真剣に思わされる。

この時点でまんまとディズニーの掌の上で踊らされた私は、1時間50分、グイグイ引き込まれ、時に笑い、時に音楽にノリノリ、時に泣いて、とっっても楽しんだのであった!!

それにしても、映画のマーケティングというのは難しい。
この作品の良さを多くの日本人に知らせるには、どうすればよかったのか。
単に私のアンテナが壊れていただけかも知れないが。
やれポリコレだの最近のディズニーはだのと言って、食わず嫌いしてる人、結構多いと思うのだ。

ラストの締めかたは色々あり得たと思うのだが、私は今作のラストで満足した。
ご都合主義上等!!!
これぞディズニー!!!

[テーマ考]
今作は、人の価値とは何によって規定されるか、をテーマにした作品である。
また、家族という人間集団の、呪縛と抑圧について描いた作品でもある。

人は社会的な生き物なので、多かれ少なかれ、誰かと交流して生きていかざるを得ない。
交流する集団の最も濃密な単位が、家族である。
家族もまた、小さな社会だから、集団の価値観を持ち、リーダーがいて、その価値観に沿っているか、いないかで、集団内の立場が変わってくる。

最も濃密ゆえに、他の誰よりも、自分の価値を認めて欲しいのが、家族。
その切実な欲求。
しかし、家族集団の価値観との相剋から、「生まれながらにして、家族の価値観と合わない」ということが、容易に起こり得る。
あるいは、家族の価値観に沿うために、本来の自分を捻じ曲げて、第二の自分を作り上げる、ということがあり得る。
それは、どんなに幸せで満たされた家族でも、起こり得る。

愛するゆえに、苦しみ続ける。
それが、家族の呪縛だ。

今作は極めてセンシティブなテーマを描いている。
ゆえに、過剰に響いてしまって、見ていて辛くなる人も一定数いるかもしれない。

今作のキャラクターも、そんな呪縛に囚われた人間だ。
では、どうすれば、苦しみから解放されるだろうか?
どうすれば、自分の価値を、正当に見出すことが可能だろうか?
家族以外の価値を認めてくれる誰かを求めて逃走するか?
あくまで自分の価値を認めさせるために、家族の価値観の中で闘争するか?
あるいは。
家族の価値観自体を変えてしまうことはできるだろうか?
どうやって?

ミラベルの歌う「奇跡を夢見て」は、悲痛だ。
ギフトという家族の絶対的な価値を与えられなかった欠落。
集合写真、という象徴で、見事に表現される。
普遍的な共感を呼ぶミュージカルの名シーンだろう。

やがてミラベルは、他の家族との交流の中で、自分の価値とは何か、家族にとって大切なことは何かを見出していく。
「増していくプレッシャー」もまたこの文脈で心に響く名曲だ。
ゆめっち、という芸人さんを私は知らなかったが、歌の上手さに驚かされる。
プロなの?

「本当のわたし」ではレリゴーの一節が引用され、ディズニーアニメにおけるテーマの承継が示唆されていて興味深い。

今作は、子供達に勇気を与える作品であるとともに、大人にこそ響く作品である。
家族のための価値観、家族を守るためのルールが、いつしか、価値観を縛る枷に、ルールのためのルールになっていないだろうか?
むしろ家族こそが、子供たちを苦しめていないだろう?
そうしたことを考えさせられる。

[まとめ]
魔法の大家族をモチーフに、ノリがよくメッセージ性も高い名曲が詰まった、ディズニー・ミュージカル・アニメの新たなる名作。

全米チャート1位の「ブルーノの秘密」は、これまでになかったタイプのディズニーソングだ。
不穏で、不吉。
それでいてノリがよく、コミカル。
一族勢揃いのコーラスも、今作を象徴するようで心地よい。