かなり悪いオヤジ

マンハッタンのかなり悪いオヤジのレビュー・感想・評価

マンハッタン(1979年製作の映画)
4.0
「マンハッタンを美しく撮りたかった」そんなウディ・アレンのNY愛が導きだした結論が多分、本作のモノクロ映像だったのだろう。映画冒頭とラストには、霧に煙るマンハッタンの摩天楼群が小津の空舞台演出のように映し出される。本作の主人公がまさにマンハッタンという街そのものであることが、観客に明確に提示されるのだ。

プロのジャズ・クラリネット奏者としての一面も持つウディが選んだ劇伴はガーシュインの『ラプソディ・イン・ブルー』。アメリカのジャズとヨーロッパのクラシックを融合させたシンフォニックジャズで、冒頭のクラリネット独奏が印象的な名曲である。古いフランス映画を思わせる渋い映像で語られるのは、ふったふられたで大騒ぎする(アメリカ的な)大人の恋のドタバタ劇だ。

バツ2のTVシナリオライターアイザック(ウディ・アレン)のお相手は17歳?!のトレイシー(マリエル・ヘミングウェイ)。友人の作家兼大学教授イェールは妻がありながらメアリー(ダイアン・キートン)と浮気をしている。「あなたの家庭を壊したくないの」とこれ以上の進展を拒んだメアリーはイェールに捨てられ、アイザックと恋仲に。前々から年齢格差を懸念していたアイザックはトレーシーに別れ話を切り出すのだった....

アイザックとメアリーが出会うシーンがこれまた印象的だ。ベルイマン信者のアイザックにむかって、「キエルケゴール的で、わびしいの」「精神的、性的障害を肯定するために、壮大な哲学の問題に結びつけてる」とベルイマン作品を真っ向から否定するのである。本作の映像はもしかしたらベルイマン監督のモノクロ作品に言及した演出ではなかったのだろうかと、その時ふと思ったのである。

本作は、ベルイマンの唯一成功をおさめたロマンチック・コメディ『夏の夜は三度微笑む』にストーリーや人物設定が、どことなく似ていないだろうか。その『夏の夜は....』も(アリ・アスターの『ミッドサマー』と同様に)シェイクスピアの『真夏の夜の夢』に着想を得た作品だ。本作について「NYを夢の国のように撮りたいっていう強い願望があったんだ」とウディが語っていた言葉の意味が、ようやくわかった気がしたのである。

近作の『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』でも、カラー作品ではあるけれど、(雨で)化粧が落ちた素朴なNYの美しさを(夢の国のように)映し出しているウディ。本作においても、突然の雨で逃げ込んだプラネタリウムでキートンとウディがデートするシーンが登場する。おそらくこの時、雨に煙るNYを舞台した作品をいつか撮ってやろうと、ウディ・アレンは心に決めていたに違いない。