亘

蝶の舌の亘のレビュー・感想・評価

蝶の舌(1999年製作の映画)
4.1
1936年スペイン・ガリシア地方。モンチョは小学校入学を控え、学校を怖がっていた。実際に出会ったのは心優しいグレゴリオ先生で、モンチョは自然の中で友達や先生に囲まれのびのび成長する。しかし次第に内戦の影が忍び寄り人々は二分されてしまう。

内気な少年モンチョの成長を描いた作品。モンチョの純粋さには、『ニューシネマ・パラダイス』のトトや『ミツバチのささやき』のアナを思い出した。また、フランコ政権下のスペインを描いた作品は他にもあるけど、フランコ政権直前がメインの作品はあまりないように思う。時代設定的には今作(共和制下・スペイン内戦)→『ミツバチのささやき』(フランコ政権初期・スペイン内戦直後)→『パンズ・ラビリンス』(フランコ政権初期)→『エル・スール』(フランコ政権中期)といった感じ。

モンチョは学校のクラスメートや先生、兄との触れ合いを通して、初恋をしてみたりオーケストラに参加したりして知らない世界を知る。初めは内気だったモンチョが、次第に明るくなって友達と遊びまわったりする姿は印象的だったし、これは優しいグレゴリオ先生のおかげだろう。

題名である「蝶の舌」は、グレゴリオ先生が生き物に興味を持たせるために生徒たちに話した話から来ている。蝶は花の蜜を吸うときに舌を伸ばす。好奇心旺盛なモンチョは蝶の舌に興味津々で、グレゴリオ先生たちと頻繁に虫取りに行く。グレゴリオ先生の言葉が題名にもなってるようにモンチョにとってグレゴリオ先生の存在はかなり大きいのだ。

ただ今作はフランコ政権直前を描いた作品であってところどころに分断・内戦の兆しが見える。時折「私はアサーニャ派だ」とか「共和派だ」という会話が交じり、共和派のグレゴリオ先生は退任のあいさつで自由を説く。スペインの端っこの地域の田舎町だから内戦の表面化は遅いけど、フランコ政権派らしき親が先生に反対するなどじわりじわりと分断が始まる。

そして終盤になって物語は一気に内戦一色になる。共和派だった人も共和制支持を隠し、共和派の人々に対して野次を飛ばす。それまで平穏だったからこそ、終盤の急速な変化や昨日までの仲間を敵呼ばわりするラストシーンは信じがたい。特にグレゴリオ先生に対してモンチョがしぶしぶ罵声を浴びせるシーンはやるせないし悲しくなる。それでも最後の最後大人たちが見えなくなったところでモンチョが罵声の代わりに「ティロノリンコ、蝶の舌!」とグレゴリオ先生に習った言葉を叫ぶのは、先生への思慕の念を表しているんじゃないかと思う。ただやはりラストのモンチョの悲し気な表情には胸を痛める。

印象に残ったシーン:モンチョが、学校の事を楽し気に家族にはなすシーン。モンチョが初恋をするシーン。モンチョとグレゴリオ先生が虫取りをするシーン。共和派が逮捕されるラストシーン。

印象に残ったセリフ:「あの世に地獄などない。憎しみと残酷さ。それらが地獄のもとになる。人間が地獄を作るんだ」;グレゴリオ先生の言葉。まさに終盤の状況を話しているよう。

余談
・原作は短編集"¿Qué me quieres, amor?"(直訳すると『愛する人、私から何がほしいの?』)の中の1つの話です。
・今作の舞台はアサーニャ政権下の共和制のスペインです。王政→共和制→ファシズム(フランコ政権)→立憲君主制(現在)となっていて、現在のスペインは王国です。また、作品中に出てくる[赤・黄・紫]の旗は共和制下での国旗です。
亘