かなり悪いオヤジ

わが命つきるとものかなり悪いオヤジのレビュー・感想・評価

わが命つきるとも(1966年製作の映画)
4.0
ロバート・ボルトが書いた戯曲を映画化した本作は、まるでシェイクスピア悲劇を観ているかのような格調の高さを感じる。監督フレッド・ジンネマンが大好きな“信念をつらぬく男”トマス・モアを演じたポール・スコフィールドをはじめ、演劇仕込みの実力派英国人俳優をずらりと取り揃えた本作は、シェイクスピア・コンプレックスに囚われているアカデミー会員の心を見事につかみ、1967年のアカデミー賞主要6部門で栄誉に輝いている。

まどろっこしい会話に耐えきれず私が途中で読むのを止めたヒラリー・マンテル作『ウルフ・ホール』とほぼ同じ題材を扱っている。お世継に恵まれず結婚離婚を繰り返したヘンリー8世と、出世のためなら邪魔者を追い落とすことを何とも思わない“ウルフ”ことクロムウェルににらまれた大法官トマス・モアを高潔な聖人として描いた本作は、イギリス人歴史家に言わせると、史実にかなり忠実に描かれているという。

悪名高き愛人アン・ブーリン(ヴァネッサ・レッドグレープ)と結婚するため、元兄嫁キャサリン王妃との離婚を力ずくでも認めさせたいヘンリー8世とクロムウェルだが、カソリックの敬虔な信徒でもあったトマス・モアが頑としてこれを認めなかったのである。ついにはロンドン搭に幽閉され斬首されたモアは後に列聖される。イギリス国教会がバチカンと袂を分かつ原因となった、英国史において最も黒いと評される大事件をあつかっている。

わざわざ結婚しなくともアンを愛人としてかこえばよかったんじゃねぇ、とご覧になった皆さんはそう思うのかもしれない。が、このヘンリー8世単なる女好きではなかったようなのである。スポーツ万能でラテン語他数ヵ国語を操る王室きっての知性とうたわれたヘンリー8世が、側近の首を切ってまでなぜ愛人との結婚をのぞんだのか。もちろん男子のお世継に恵まれなかったからなのだが、歴史家に言わせるとヘンリー8世の健康問題がその要因の一つになっているようなのだ。

劇中王がトマス・モアの屋敷に電撃訪問するシーンがあるのだが、ジンネマンはそこにある暗示を仕込んだ気がするのである。名優ロバート・ショウ(『スティング』で詐欺られるびっこのギャング)演じるヘンリーがボートから颯爽と飛び降り泥だらけの沼地に着地するシーン。晩年足の潰瘍に悩んだと伝えられるヘンリー8世は、“梅毒”に罹患していた可能性を歴史家たちが指摘しているのである。結局子供には恵まれず、陽気な性格が粗暴化していった原因はその“梅毒”にあったというのである。

“汝姦淫するなかれ”と説いた聖書の教えを忠実に守らせようとした聖人トマス・モアが、その姦淫の結果患った王の“梅毒”によって天に召される、という何とも皮肉な物語なのである。信念の欠片もない日和見主義で度重なる偽証を繰り返したリチャード・リッチ(ジョン・ハート)だけが出世競争で生き残ったとする後日談よりもさらに皮肉な裏ストーリーが、この歴史映画の中に隠されていたのであった......ちゃんちゃん。