かなり悪いオヤジ

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或る夜の出来事(1934年製作の映画)
4.2
『ローマの休日』の元ネタだとか、元祖スクリューボール・コメディ&ロードムービーだとか、アカデミー賞を5部門で獲得した傑作だとかいわれている本作ですが、シチリア出身のイタリア系アメリカ人フランク・キャプラの代表作であることは間違いないでしょう。本作はまた、原作小説のタイトル『夜行バス』をそのまま流用しようとしたところ、験を担いで『IT HAPPENED ONE NIGHT』に改められたといいます。興行的に当たるかどうか、製作も監督もあまり自信がなかった証拠といえるのかもしれません。

なにせ本作が公開された1934年は、株の大暴落(29)の影響でアメリカ中に失業者が溢れていた時代。正直アメリカ人の皆さん、劇場で映画鑑賞なんて流暢なことをしている場合ではなかったはずです。フリーの新聞記者ピーター(クラーク・ゲーブル)と大富豪の娘エリー(クローデット・コルベール)が出会った場所も、貧乏人の移動手段である“夜行バス”だったのです。6歳の頃アメリカに移民として渡ってきたフランク・キャプラも、子供の頃から貧乏暮らしを経験している苦労人。映画の端々に登場するまるで貧しさを笑い飛ばすようなエピソードには嘘がなく、当時不況に喘いでいたアメリカ人の心にも刺さったのでしょう。

クラーク・ゲーブルはMGM、クローデット・コルベールはパラマウント所属の大スター。主役を演じる2人も、当時はまだまだ弱小だったコロンビアに貸し出されることがかなりご不満だったとか。気骨はあるけれど貧乏なピーターと、金持ち父さんに居所を知られたくないエリーの、なかば自棄っぱちな超貧乏逃避行がテーマだっただけに、むしろ登場人物の心理状況とはシンクロしていたのかもしれません。大スター2人による(怒り💢基調の?)テンポの良い会話がキャプラの演出によりさえ渡っているのです。後にゲーブルをして「あのシチリア野郎は大したタマだぜ」といわしめたほど。

その旅の途中で、金がなく移動手段の車を止めるためクローデットが、自慢の脚線美を🦵まで露にする有名なシーンがあります。運転手は思わず急ブレーキ、それとタイミングを合わせるように間抜け面のゲーブルが腰をおろしていたスーツケースから立ち上がるのです。おそらく車のブレーキまでは勘のいい観客なら展開を読めたはずです。しかし、口をあんぐりさせたゲーブルはなぜあの時すくっと立ち上がったしょう?人間不意を突かれると本性が露になるといいますが、やはり“HAPPENING”を演出する上でキャプラは天性の才能を持っていたのかもしれません。

“ONE NIGHT”とはいいながら2人は劇中5晩を共にしていたはずで、金持ちお嬢を気遣ったピーターは安部屋の真ん中を分けるように毛布で“ジェリコの壁”を築くのです。キャプラはそれを、男と女、未婚者と既婚者のみならず、持つ者と持たざる者の間に横たわる見えない“壁”として演出しているのです。ピーターが宿主に注文した角笛ならぬ“トランペット”によってその壁が崩落した時、貧乏記者と大銀行家令嬢の格差恋愛は成就するのです。後に本作の設定をまねたユダヤ人ウィリアム・ワイラーによる、どこか自虐的なサッドエンディングとは真逆の、イタリア人監督らしいハッピーエンドで本作は幕を閉じるのです。