けんたろう

チャップリンの殺人狂時代のけんたろうのレビュー・感想・評価

チャップリンの殺人狂時代(1947年製作の映画)
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大量殺戮礼賛時代。


総べてが可笑しい。上手くゆくのも上手くゆかぬのも、派手に遣らかすのも地味に遣らかすのも、何も彼もが可つ笑しい。元出納係の俊敏すぎる金の数へ方に至つては、何度見せられても笑うてしまふ。芸が細かい。だから、バカを遣つても遣らなくてもコミカル。始まりのシインから常に楽しい。

然うして、時折り挿まるゝ「人生」への皮肉と葛藤と賛美とには胸を打たる。
苦しみからの解放。絶望的なる現世からの脱出。矢張り人生は、逃れる方が幸せなんかも知れない。其れでも此の生を受け入れん! 不況の波に因りて、又た社会の不親切に因りて、然うせざるを得なかつた男の悲劇的なる喜劇。生きることは辛いこと。けれども人生は素晴らしい! チヤツプリンの作品には、畢竟運命愛が有る。
儲くる為めの詭弁が意図せずひとの心を温め、其れが優しさと成りて我が身に返つてくるといふ、奇妙なる因果も亦た面白し。ひとを欺きし果てに報はるゝ、感動と罪責とが入り混じつた其の顛末! 然うして、必死に成つて足掻いてきた男が彌〻自らの運命を受け入れんとする其の決意! 何んだか「情けは人の為めならず」の亜種を見た気分である。可笑しくも切なし。果たして、生くるも死ぬるも運命か。

其んな作品であつたが、最後はもう、戦争へのとんでもない皮肉のオンパレエドであつた。人を殺して金を儲くる軍需産業への、猛烈に諧謔に富んだ大批判。電車及び車輪の描写で暗に示してゐたものが、一挙に爆発せし様子。彼の余まりに有名な、英雄と犯罪者に関する究極に皮肉めいた言葉はもう最高である。此れは「声」を手に入れたチヤツプリンの新たなる表現なのかも知れない。

兎にも角にも、『ライムライト』や『独裁者』にも見ゆる、人生や戦争といふテエマを滑らかに複合した、珠玉のコメデイ。
拾壱月、有楽町にてチヤツプリンの特集が組まれるとのことなので、タイミングが合へば今度は劇場で観てみたい。