けんたろう

「A」のけんたろうのレビュー・感想・評価

「A」(1998年製作の映画)
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自由なる作品。


矢張り視点の置きどころが面白い。
何処に視点を置くかで、蓋し其の ”事実” の見え方は丸きり変はるものである。其のうへで本作は、当時誰れもが置かうとさへ思はなかったところに置いてをる。一連の事件・裁判に因りて、世間からの目が愈〻冷たく成った此の時期に、視聴率主義を覆ひ隠して一丁前に正義面をした鼻糞メディアが飽くまで ”外” からしか這入り込まんとせなかった此の時期に、真逆オウム真理教の内部に這入り込んで、其処に残されし彼れらの生活を撮らんとするとは!
いやはや、此んなドキュメンタリイ、然う然うあるまい。よくは存ぜぬが、然し劇中に映りし他の人々の様子等を見れば、彼れらが日本中から社会の敵と目されてゐた存在であることは確かであらう。其んなゝかで、彼れら自身を撮らんとするとは! いやはや恐れ入る。

加へて、本作は静かに淡々とした目線で彼れら人物をよく視てゐる。斯ういふ目線が私し非常に好きである。
明け透けに偽善者の相を呈したる今日日のメディアは、ともするとブンブンブンブン蠅のやうにタカって、「此れは何うなんですか」「彼れは何うなんですか」とブンブンブンブンしつこく対象に付き纏ふものである──実際劇中登場したる多くのメディアも然あり──が、森達也は丸で違うた。
彼れは一人で内部に潜り込み、信頼をも得て、他の誰れも遣らんとせなかったことに成功してゐる。即ち──在り来たりな表現で恐縮だが──人間を活写してゐる。面白いのも当然である。(因みに、一体何うやって這入り込んだのかは全く見当も付かない)
成るほど、時に介入もしてゐるが、然し本作に於いては其れも面白い。被写体の ”人間” は勿論、カメラを回す監督自身の ”人間” も亦た此処に描写せられてゐるのである。屹度、我慢できなかったのだらう。蓋し、昂奮をするシインである。

幾ら凶悪なる事件を起こしてきた集団だとしても、幾ら不気味で我々とは相容れぬ日常を送りたる集団だとしても、其処に居る一人ひとりは紛れもなく人間である。

社会的意義などいふ高尚なことは、私しなんぞには何も判らないので何か云ふ気もない。然し、非常に面白く、且つ美しき作品であったといふことは、確かに此処に断言しよう。