けんたろう

風が吹くままのけんたろうのレビュー・感想・評価

風が吹くまま(1999年製作の映画)
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儘に生きてゆかん!


画に映り込むのは、殆ど一人。増えたところで三四人。見せず・聞かせずの演出が、愈〻極まりてをる。此れが滅茶苦茶面白い。顔が兎に角見えないのである。可笑しくてしやうがない。
加へてハッとさせられる。突如として新たに人が現れた(此れほどまで “現れた” といふ表現が適切なものは然う然うあるまい)ときの驚きと云へや、堪ったもんぢゃない。

又た、なにかゞ然りげなく映り込むのも面白い。
言葉での不粋なる説明が無く、映像での言及のみに留めたることは、演出上非常に格好良いだけでなく、純粋に、見た目的に、可笑しくて可愛らしい。
此方としても、画の上に其れを発見せしときに覚ゆる感情は──色々交り合うて──畢竟喜びである。

映るものも、映りさへしないものも、素敵なり。
蓋し、映像表現の極致ではあるまいか。


おゝっとっとっと。
危なく書き終へるところだった。

其れだけではないのだ。魅力は其れだけではないのだ。

先づトーンを落とした表情と声色が秀逸である。可笑しさと愛らしさが、其の顔と台詞とに滲み出でゝをる。此れは、アキ・カウリスマキやウェス・アンダーソンの演出とも似てゐるが、キアロスタミのは亦た一寸違うてゐるやうな気が致す。因みに私しは、御三方全員本当に大好きである。

其れから、環境(要するに舞台設定)も素晴らしい。其れは、訴へたきことを訴ふるのみならず、舞台装置としての役割を以て物語りを一層面白くしてゐる。
電話の設備が整ってゐなかったり、古い仕来たりが依然として有ったり、加へて老婆は全然死なゝかったりなど、其れが主人公らに及ぼす困難は、──飽くまで静かに!──非常に可笑しみを齎してゐる。

風と畑。素晴らしいロケーションは云はずもがな。
可笑しく、愛くるしく。然うして緩やかで静かなり。
キアロスタミは、何時だって、此の巨大な風土の許に住みたる我々遥かに小さき存在を描いてゐる。
嗚呼、まこと楽しき作品であった。