けんたろう

駅馬車のけんたろうのレビュー・感想・評価

駅馬車(1939年製作の映画)
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幌馬車と勘違ひして観ちやふおはなし。


いやあ面白い。面白すぎる。

各々の事情が絡み合ひて、皆な乗らざるを得なくなる、又たは乗らずに居られなくなるといふ、其の状況の作り出し方の、まこと妙なることよ! 然うして一つの馬車に居合はせた者どもの、酷く個性的なることよ!
成るほど形だけ見れば、其れらは斯ういふ物語りの王道であり、此れまで何度も、凡ゆる媒体で凡ゆる物語りで見てきたものではある。然し、往年のハリウッドが生み出しゝ其れは、迚も現代の我々がなにか作品の感想を述ぶるときによく使用しがちな「王道」とは丸で異ならう!
果たして何んと云ふべきかしらん。兎角、凡庸なる小汚き手で幾何遍も使ひ古されし遣り方といふ意も、遣らうと思へば誰れでも遣ることが出来る遣り方といふ意も、粋がった小僧が分かった口ぶりでよく云ふ「結局矢っ張り斯ういふのが一番いゝんだよね~」の意も、此処には存在しない。粋がった小僧こと私し、此処でひとつ勉強に成った。王道とは、読んで字のごとく「王の道」である。然うして王道とは、畢竟本作のやうなものに対して用ゐるべき表現である。私しも此れよりは心を改め、「王道」なる語に就きて、然るべき使ひ方をせん。

さて、全員が全員、最早や主人公と云うても過言ではない──月並みな表現で恐れ入るが、本当に過言ではないのだ──ほどの個性を持ってをる本作。町を追はれた者、酔っぱらひの医者、只の博打打ちに見せかけた──者、脱獄者、銀行の頭取、小心なる酒バイヤー等々。然う、総べてが凄い。そして其奴らの抱へたるものも凄い。様々なる切欠に因りて徐々に明らかに成るのだが、何奴も此奴も主人公レベルである。発露せられし心根も相俟って、皆なが皆な、(一人も被らず!)非常に魅力的である。蓋し、人物造形といふものが極まれり。


台詞劇も皮肉が効いたものばかりで楽し。
無論、静と動の抑揚や、コメディ・アクション・ロマンスのバランスが秀逸で、物語りの構造も素晴らし。

一言で云ふならば、紳士・淑女・荒くれ者の──彼れらの哀しみと思ひやりとが滲み出でたる──アクション・ロマンス・会話劇である。もうはや、男のロマンがてんこ盛り。だからこそなのか、格好いゝ、可笑しい、然うして美しい。
其んなもんだから、終はりに至るまで隙といふものも全く無し。ズル剥けに面白いのである。
其れあ、名作と語り継がれよう。