亘

卒業の亘のレビュー・感想・評価

卒業(1967年製作の映画)
3.9
【敷かれたレールからの卒業】
大学を卒業したベンジャミンは、将来に漠然とした不安を抱いていた。幼馴染エレーンの母ロビンソン夫人と情事を重ねたりエレーンともデートしたり、何の目標も見定まらないまま日々を過ごす。

舞台は1960年代のアメリカ。当時のアメリカはベトナム戦争の反戦運動や人種差別反対など新たな価値観が生まれていた時代で、それまでの"アメリカンドリーム"という価値観が崩壊しつつあった。今作は、まさに新旧の価値観の対立を見せたアメリカンニューシネマの代表作。今作には[周囲の大人:保守的。従来通り子供たちには育ってほしい、大学→大企業というエリートへのレールを走ってほしい]と[ベンジャミン:親の言う通りでいいのか分からない、他人と違いたい(I want to be different)]という対立がある。周囲の大人はベンジャミンに期待を寄せエリートコースを進んでほしいけど、ベンジャミンはそれを嫌がっている。かといって敷かれたレール上を走ってきた彼にとっては、どのようにこの先進めばよいのか分からない。ベンジャミンの顔は全編通しほぼ不安げで、サイモン&ガーファンクルの曲が今作に漂うアンニュイな雰囲気を際立たせていた。

ベンジャミンが大学卒業し帰郷すると、両親や親戚、知り合いの大人たちはパーティを開く。大人たちは彼の卒業を祝うと同時に将来への期待を口にする。そんな中でも彼は基本真顔で大人たちと話したくない様子。その後もプールサイドでの祝福があるけど、基本的に大人たちの声は雑音だったり単なる口パク(=何か言ってるけど言葉ではない)でベンジャミンは鬱陶しがっている様子。エリートコースを進むのに疑問はあるけど、それ以外の道の進み方が分からない、彼は無為に日々を過ごす。

ロビンソン夫人の誘惑に乗ったのも何も目標がなかった時だからこそだろう。彼は誘惑を一度断るものの、他にやることもないから目先の快楽を求めた。ロビンソン夫人もまた当時の主婦を表している。ずっと[ミセス・ロビンソン=ロビンソン氏の夫人]として呼ばれ、エレーンの肖像画を象徴として飾る。当時は女性の権利が主張され始めた時代だし、まさに夫と子供のために尽くす、古い専業主婦なんだと思う。一方でベンジャミンと情事を重ねるような当時としては衝撃的な事を行っている。ロビンソン夫人もまた将来が見えなかったのかもしれない。

ベンジャミンのもう一つの転機はエレーンとの恋。両親とロビンソン氏の希望で2人はデートするが、ベンジャミンとロビンソン夫人の情事を知り一度エレーンはベンジャミンを離れる。それでもベンジャミンは勝手にエレーンとの結婚を決めバークレーに彼女を追う。エレーンを追う彼の様子は、半ばストーカーである。彼にとっては、きっとようやくいう目標を見つけたから追ったのかもしれない。ただ大学でのキラキラしたエレーンと何も目標のないベンジャミンの対比は印象的。一方でエレーンにはカールという医学生(=エリートコース)の恋人がいた。このエリートの恋人は、彼と結婚すれば安泰というアメリカンドリームを表しているようにも思う。

今作で最も有名なのは最後の花嫁を連れ去るシーンだろう。ベンジャミンは、エレーンとカールの結婚式からエレーンを連れ去り2人はバスに乗り込む。人々の視線や口パクなど古い価値観・アメリカンドリームからは異端として見られるけど、2人はアメリカンドリームから逃げるのだ。ただ飛び乗ったバスの行先は分からないし、2人の顔からは笑顔が消える。このラストシーンは、まさに二人のたどり着く先が分からなくて、将来が必ずしも明るくないことを示していて秀逸。

印象に残ったシーン:最後バスに乗った後の二人の表情
印象に残ったセリフ:"I want to be different(僕は違っていたいんだ)"

余談
ラストの2人の不安げな顔は、監督があえてカットを遅らせたことでできた2人の本当に不安な顔らしいです。
亘