むさじー

浮き雲のむさじーのネタバレレビュー・内容・結末

浮き雲(1996年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

<独特の世界観で描く慎ましき幸福論>

市電の運転手とレストランの給仕長という慎ましやかな中年夫婦が、折からの不況でリストラに遭い、職探しに奔走する。その受難と苦悩が淡々と描かれるのだが、そこに陰気さや重苦しさはなく、全編ユーモアに溢れ、時にシュールなネタも取り入れ、雰囲気はほのぼのとしている。
そして、厚い信頼で結ばれたこの夫婦は、感情を押し殺したかのように無表情を通していて、当初はそれが奇異に感じられた。しかし、彼らが求めているのはフツーの充足、支えているのは仕事する喜びと誇り、高望みはせず真面目に働いて生活できればいい、そんな無欲さがベースにあると思えて納得できた。
金に困っても「何とかなるさ」と汲汲とせず、失業給付は受けないという矜持を捨てず、何ともストイックで自然に任せた生き方。感情を抑制して平静を保つことも、二人がそんな生き方を貫くための処世術の一つなのかも知れない。奢らず絶望せず黙々と生きる、一本筋の通った人生観、幸福論という気がする。
やがて、地獄の淵をさまよった二人に幸運が訪れ、やや出来過ぎだが期待通りのエンディングを迎える。定石とは分かっていても、ただひたすら前向きに生きる二人への共感からホッとした気持ちになる。少しノスタルジックで、感動というより静かな幸福感に満ちている、そんな印象だった。
そして、計算し尽された画面構成と色調には独特の世界観が見え、音楽は寡黙な二人の心情を代弁するかのように哀愁に満ちている。味わいがあって、しかも深い。
むさじー

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