亘

灼熱の魂の亘のレビュー・感想・評価

灼熱の魂(2010年製作の映画)
4.0
【人は真実を前に沈黙する】
カナダ・ケベック州。ナワル・マルワンが突然プールサイドで意識を失い亡くなってしまう。彼女の子供たちシモンとジャンヌに残された遺書には、彼らの兄と父親に渡す手紙が同封されていた。しかし兄と父は所在不明。ジャンヌは謎を探るべく母の故郷レバノンへ向かう。

1970年代から発生したレバノン内戦を背景に、宗教や宗派の対立に翻弄された女性ナワルを描いた作品。戦争の理不尽さや宗派対立のむなしさを描きながら母ナワルの過去と双子の出生の謎を明かす。物語の伏線回収が素晴らしく、状況が2点3点するというよりはマトリョーシカのように1つの事実からそれに伴う大きな事実が見つかり、さらにそれを上回る事実が見つかりと衝撃が徐々に大きくなっていき、終盤明かされる真実は衝撃的。「人は真実を前に沈黙する」という言葉がしっくりくる。

ナワル・マルワンはある日プールサイドで意識を失う。それまで体調の悪い箇所はなかったのに急に固まったのだ。それからほどなくして彼女は亡くなってしまい、彼女の雇い主だった公証人ルベル氏が彼女の子供たちである双子のジャンヌとシモンに遺書を読み上げる。そこには2人の兄と父親への手紙があったが、兄と父親は所在不明。父親はレバノン内戦で死んだと思われていた。ジャンヌは大学教授の薦めでナワルの故郷レバノンへ向かう。

レバノンでは知りえた情報をつたって徐々に真実に近づいていこうと、各地を転々とする。ナワルの通った大学のあるダレシュ、レバノン内戦で大きな被害を受けたナワルの故郷・南部、政治犯の監獄があるクファリアット。そこで明らかになる事実は、どれもジャンヌの知らなかったことばかりである。ナワルは故郷の街でパレスチナ難民と恋に落ち子供を産んだ。そして故郷にいられなくなり大学へ通った後、監獄へ入れられていたのだ。

ナワルの経験した事件の背景にはレバノン内戦と宗教・宗派の対立がある。ナワル自身はキリスト教徒であった。しかし初めにナワルが恋に落ちたパレスチナ難民はイスラム教徒。異教徒との間の恋愛と出産によってナワルは故郷を追放される。その後大学在学中にレバノン内戦が勃発。キリスト教右派のレバノン社会民主党がイスラム教徒を掃討しようとする。ナワル自身はキリスト教徒だが、自らの子供のためにキリスト教右派を憎み報復を企てる。

ジャンヌだけで始まった謎の究明はシモンと公証人ルベルを巻き込む。真実を知って結局またカナダに戻ってくるわけだけど、なぜナワルはわざわざ最初から真実を伝えずにレバノンまで行かせたのか。それはやはり「憎しみを断ち切る」ためだろう。ナワル自身はレバノン内戦の中で憎しみの連鎖に翻弄されながら、最初の子供ニハドのために生きてきた。一方でイスラム教徒の弾圧をするキリスト教右派を憎んで生きてきた。真実を手紙だけで伝えたら、ジャンヌとシモンも監獄でのナワル同様に憎しみを抱いたかもしれない。しかし多くを語らずに自分たちで事実を探らせることで、悲しい運命を思い知らせて憎しみの連鎖を断とうとしたのだ。

話の進み方としては、少しスローで中だるみはするけれど、伏線回収と最後の真実と重さで唯一無二の作品だったと思う。
※ネタバレ込みレビューはコメントに記載。

印象に残ったシーン:ナワルが燃えるバスを背景に絶望するシーン。ナワルが監獄で歌うシーン。シモンとジャンヌが手紙を渡しに行くシーン。
印象に残ったセリフ:「未知変数から初めてはいけない」「1+1=1」「人は真実を前に沈黙する」
亘