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星の旅人たちのnoteのネタバレレビュー・内容・結末

星の旅人たち(2010年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

カリフォルニアの眼科医トム・エイヴリーは、ある日、自分探しの放浪の旅に出たまま疎遠になっていた1人息子ダニエルが、聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の初日にピレネー山脈で嵐に巻き込まれて亡くなったと知らされる…。

この作品の良さは「父と息子」の関係を知らなければ伝わらないだろう。
俳優エミリオ・エステベスが、実父マーティン・シーンを主演に起用し、監督・脚本・製作・出演で製作した心温まるロードムービーの秀作である。

息子にとって父親は「ライバル」である。
母親を射止めた父親に嫉妬し、父のような位置に息子は付こうとするが、父の権威を恐れ、嫌悪し、息子は父から離れて自立しようとする。
本作の息子ダニエルは博士号の修士過程を突然止め、自立のために自分探しの旅をする。
父親トムはなぜ息子が安定したレールから外れるのか?理解が出来ない。
そのレールに乗れば父のような堅物の人生が待っている。
「世界を見たいんだ」つまり「父親のようにはなりたくないんだ」というダニエルの気持ちは分かる。
トムが懐の深い父親になろうとして、ただ見守り続けて、結局は疎縁になってしまったのも良く分かる。
トムは息子を「子ども扱い」するのではなく、一人の大人として認めたいと口を出したい気持ちを我慢していたのだ。

そこに突然のダニエルの訃報である。
愛する家族の死は当然ショックだ。
果たして息子は何をしたかったのか?何者になりたかったか?
トムは息子のことを何も知らずに失った現実に打ちひしがれる。

息子の遺体を引き取りに、スペインとの国境近くのフランスの町サン=ジャンにやって来たトムは、ダニエルの遺品のバックパックを引き取った時、ダニエルが辿るはずだった巡礼の旅に出ることを思い立つ。

息子が旅で何を感じていたのか?
息子の心を知りたいと願うのは自然だが、道のりもノウハウも知らずに旅に出るとは何とも無謀な決断だ。
聡明な医師であるトムならば、いかに巡礼の旅が大変かは分かっていたはず。
初めから「自分が息子の代わりに必ずや巡礼を達成してやる」などとは思ってはいなかったはずだ。
もしかしたら、トムはダニエルの後を追い、いつ死んでも良いと思っていたのかもしれない。

行く先々でダニエルの遺灰を撒く中で、トムはダニエルの存在を身近に感じてゆく。
その中で、息子の代わりに自分が踏破してあげたいという気持ちに変わっていったのだろう。
秀逸なのは、誤って川に落としてしまったダニエルのバックを老体のトムが必死で泳ぎ、取りにいくシーン。
バック=息子を失いたくないという想いが彼に変化を与えたに違いない。

痩せるのが目的のオランダ人のヨスト、禁煙を誓うカナダ人のサラ、自身の小説のネタを探すアイルランド人作家ジャックと、トムは偶然出会った人々と共に旅をすることになる。

はじめのうちは彼らに頑なに心を開こうとしなかったトムも、様々な出会いと経験を通じて徐々に打ち解けて行く。
「死んだ息子の代わりに巡礼の旅を続ける」トムが心配で彼らもトムから離れようとはしない。
「旅は道連れ、世は情け」の珍道中が微笑ましい。

目的の聖地に辿り着いたトムは踏破した証明書に息子ダニエルの名前を書いてもらう。
4人は、そこで別れるつもりだったが、トムのムシーアへの旅に他の3人も付き合うことにする。
それは旅の途中で出会ったジプシーの男イズマエルがトムに告げた「息子の遺灰をムシーアの海に撒け」との言葉に従う旅。
宗教的なことは分からないが、恐らくは帰らぬ息子の死を実感し、区切りをつけて自分の人生を歩め、という勧めだろう。

ムシーアの海に辿り着いた4人は、トムを残して3人がその場を去ると、ダニエルの遺灰を海に撒く。
何かが見つかった訳ではない。
別れた旅人たちとまた出会えるかなど分からない。
得てして人生とはそんなものだ。
「一期一会」の積み重ねである。
トムは息子ダニエルの跡を追いながら、息子が選んだ生き方の魅力を実感することができただろう。

まるで判を押したようにそっくりなエミリオ・エステベスと実父マーティン・シーンが、遺伝子の濃さで演技を超えた父親と息子の確執を見た目だけで物語る。
血を分けた息子が死んだとショックを受けるマーティン・シーンの演技に説得力が増すのだ。
共に映るシーンでも照れ臭そうだが、実の親子でしか出ない味わいが見えてくるのが良い。

派手な演出こそないが、傷ついたこの父親はどうなるのか?と最後まで見届けたくなる。
無さそうでありそうな旅の珍事も人生の紆余曲折と同じように受け入れられる。
あまり想像したくはないが、大切な家族を亡くし、自分は何のために生きてきたのか?と道に迷った時、また見たくなるのかもしれない。
癒されるロードムービーである。
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