HicK

グラン・トリノのHicKのレビュー・感想・評価

グラン・トリノ(2008年製作の映画)
4.8
*軽度のネタバレあり

《止まった時間、贖罪、生と死》

【魅力的なストーリー】
1人だけ時間が止まってしまった頑固オヤジのウォルト。変わってしまった周りを皮肉りながらも、幾つかの出来事を通して彼の時計が少しずつ動き出す。それが彼なりの人生の贖罪にもつながっていくストーリーに心を奪われた。なにより彼の設定がとても身近に感じる部分もあり、「昔ながらの男」の極論を行く面白さもあった。

【時代に取り残された男】
まず時が止まってしまった昔のアメリカ文化の擬人化とも言えるウォルトと変わりゆく現代や、何も受け入れられない彼と異質な者(物)など周りとの対比が面白い。フォードの自動車工場で働いていた彼は現在の日本車優勢市場が許せない。なのに奇しくも息子は日本車のセールスマン。孫もへそピやチャラい現代風。彼は家族を受け入れられず口悪く接する。彼が嫌いな異人種が住むようになった変わりゆくデトロイト。アジア系をイエローや米食い虫などと呼び野蛮人あつかいする。ましてや朝鮮戦争を経験した彼にとって特にアジア系は敵としてしか見ていない。亡くなった彼の妻から彼に懺悔をしに教会に行くよう伝えてくれと頼まれた若い神父の事も、高学歴の童貞野郎と罵る。ここまで頑固だと見ていて気持ちよくなる。

【男 with アジアンズ】
中でも心に残ったのは助けたスーとの車の中での会話。スーのペースで話していくうちに「お前はいい奴だな」とウォルトの心が少し開き、重要なターニングポイントに。劇中スーは持ち前の純粋さで自然とウォルトを導き、彼のメンター的な存在になっていると思った。そして祈祷士に心を見抜かれ、心に無意識のうちに隠してた家族や戦争への罪の意識が蘇っていく。タオを一人前の男にする為、手伝いをやらせたり、言葉遣いや仕事の紹介をさせる流れは、最初はイヤイヤだったものの最後は本当の子供のように温かく見守ってき、ウォルトの止まった時間をどんどん動かしていく。

【コメディー要素も溢れる】
浮いてしまったウォルトという濃い存在自体がコメディー的要素を放つ。異文化に触れ受け付けない顔をしたり、タオ族のしつこいお礼に嫌気がさしたり、家族からの施設の進めのシーンで怒りを我慢できず唸ったり…。さまざまなシチュエーションに遭遇する彼の表情を見るのが楽しかった。

【演出】
演出面ではライティングが非常に印象的だった。重要な場面では光と影を強調し、キャラクターの反面しか見せずその他背景も含めて影にしていた。ウォルトが背負っているものを感じさせる。クリント・イーストウッドという存在も「何も言わずとも何かを背負って生きている」ような雰囲気とオーラ。いつもながら、ヤバイ。特に今回のキャラクターはかなり多面的で更に彼の魅力を感じた。

【総括】
この作品のテーマはウォルトという人物の贖罪、生と死。最後のシーンは以前のウォルトだったらまた武力行使に出たかもしれない。ただ、彼の時間が動き出したことで贖罪の意識が生まれ、生と死の意味に気づき、タオたちに幸せに暮らしてもらうという手段にたどり着いたのかもしれない。決して内容は難しくなく、誰にでも共感できる、意外と身近な面白さやドラマが魅力的だった作品。
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