平成2年の男

ボディガードの平成2年の男のレビュー・感想・評価

ボディガード(1992年製作の映画)
2.5
・王家御用達のフレンチ用ソーサーに置かれた一粒のアポロチョコよろしく、大仰な舞台装置の中心にあるボディガード君のみみっちさが全編通して異様な存在感を放っており、ダンディズムについての思索を視聴者に強いる型破りな作品であった。

・瀟洒なショットや歌の素晴らしさ、エンタメ性の高さなど素晴らしい点は多い。と、前置きした上で、「惜しい作品であった」という評価すら下すことができないのは、いったい何を見せられているのだろうかと観る側が惨めになるストーリーラインのせいだろう。

・骨と肉を断って活路を開いた先輩を撒き餌に、ワンマン・ネオメロ救出劇をかますボディガード君。先輩の戸惑いは察するに余りある。主人公補正によっても隠しきれないボディガード君のコスさがよく現れているこのシーンは、第一幕の山場で確認できる。

・コスコスの救出劇以来、クライアントとイイ感じになったボディガード君は彼女とチークダンスを踊り、自分の家に招き入れておせっせまでするが、夜の魔法が解けると一転、私的な関係はこれっきりにしたいとペラいプロ意識を述べる。観る者の目を死んだ魚のそれにする屈指のシーン。

・情欲を抑えられずクライアントの信頼を失ってしまったボディガード君は、愛と仕事のジレンマという文化的な葛藤に苦しみ、イライラのあまりに休憩中のコックをリンチしてしまう。己が法的国家の民である自覚を無くしてしまう程の自己憐憫。おっぱい揉んで、揉め事を起こして、モミモミ君である。

・なんやかんやでクライアントと仲直りすると、最も安全な場所だからというのを理由に自分の実家を拠点にするモミモミ君。傍目には自分の親に婚約者を紹介しようとする男のそれである。なお、拠点は殺し屋にあっさりと特定されて爆物を仕掛けられた模様。

・クライアントはアカデミー賞の授賞式への参加を決意する。モミモミ君も張り切って仕事をし、決死の身代わりダイブでクライアントの命を救う。個人的な解釈を述べさせていただくと、モミモミ君の身代わりダイブは現実逃避的な希死念慮に突き動かされた結果であろう。モミモミ君も最後には自分がモミモミ君であることが恥ずかしくなったのではあるまいか。

・前職場と協働するシーン、妹の葬式シーンなど細部のディテールをしっかり抑える冷静な目線があるのに、なぜボディガードの造形がモミモミ君になってしまうのか皆目分からない。

・ホイットニーヒューストンがお綺麗。『One Moment in Time』には随分と励まされました。現世では大変な思いをされたようで、あの世で安らかに過ごされていることをお祈りします。