ともぞう

こころのともぞうのレビュー・感想・評価

こころ(1955年製作の映画)
3.0
高校生の時に原作を読んだことを思い出した。うじうじ君2人の面倒くささ。1人は小理屈ばかりで他人とキチンと向き合わない奴。1人は親友が好きな女子を黙ってお母さんに求婚する卑怯な奴。そんな酷いことをしてまで結婚したのに、結婚後はうじうじ悩んで奥さんと向き合わない挙句、自殺する。生理的に受け付けず、これが名作と呼ばれるのが全く意味不明だと当時思ったことを思い出した。あと、当時44才の森雅之に学生役をさせるのは無理あり過ぎかな(笑)

〈あらすじ〉
日置(安井昌二)にとって野淵先生(森雅之)は最も尊敬する先生であったが、何かしら不可解な心情の持主の先生でもあった。ある夏、日置は海水浴に出かけ、ふとこの先生に出会ったが、その一瞬、日置は強くこの先生に惹きつけられた。これが縁となり日置は東京へ帰ってからも繁々と本郷西片町の先生の自宅へ勉強に通った。先生には美しい奥さん(新珠三千代)があり、子供はなく、たった2人だけの静かな家庭であった。しかし先生と奥さんの仲は決して悪くはないが、かといって幸福でもなさそうであった。日置はその生活の中に入り込んでいくにつけ先生の孤独な境涯に同情を寄せるようになったが、一方どうしてこの夫婦はこのような暗い空気におおわれているのか不審をいだくようにもなった。そうした懐疑はやがて先生の徹底した人間嫌いの思想の根本を突き止めようとさえ感ずるようになった。翌年、日置は大学を卒業し、先生に就職口を依頼して重病の父の看病に信州の田舎に帰ったが、その間に先生は自殺してしまった。先生は明治天皇崩御の報をきいて、明治の精神の終焉を淋しく悟りながら死んで行ったのだった。先生は就職の約束を果そうと思い、せめて自殺の前に一目会いたいと日置に電報を打ったが、あいにく日置の父も危篤で上京出来なかった。そこで先生は、自分の歩いて来た今日までの、荊の道を、細々と書きつらねて日置に送った。日置は重病の父の床でこの手紙を手にした。その文面には「この手紙の着く頃には、自分はこの世にはいないでしょう」と書いてあった。日置はいそいで車中の人となった。その手紙は先生の遺書であった。先生はかつて伯父のために故郷の財産を横領され、のみならず、政略結婚をまで強要されそうになり、それが原因して人間への信頼を失うようになった。大学に入ってから先生は哲学を専攻する学生の梶(三橋達也)と親交を結び、縁故を頼って戸田山家に下宿した。その家は未亡人と娘の二人暮しであった。先生と梶は娘をめぐって暗黙のうちに恋を争った。梶は仏教を研究していたが、性格は陰気で意固地であり、一本気であった。先生は娘が自分よりも梶に心を傾けているならば、自分の恋は告白する価値のないものだと思っていたが、未亡人が梶を嫌っているのを知り、ある時、思いきって結婚を申し込んだ。先生の願いは聞き入れられた。梶はそれを知り憤慨した。「お嬢さんが俺の部屋に入ってくる度に、俺の心はお前を裏切る罪の意識とお嬢さんを愛する喜びでおののいていた」とよく語った梶にとって先生の行為はまさに裏切りであった。そして梶は落胆のあまり自殺した。友を意識しながら愛情にひかれ、友を裏切った罪悪感に先生の厭世思想は激しくなっていった。やがて娘と結婚した先生は月に一度、梶の墓参にいったが、それにも決して妻を一緒に連れていかなかった。それも梶のことを妻に思い出させたくない先生のエゴイズムからであった。日置は以上のことを知り謎が解けたような気がした。本郷西片町の先生の家は暗く沈んでいた。奥さんは日置をみるや、玄関をかけおりて来た。奥さんの泣きはらした頬にまた新しい涙が流れた。
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