ぴのした

ナイト・オン・ザ・プラネットのぴのしたのレビュー・感想・評価

4.2
一生宝物にしたいと思える映画に出会えた。これだ、これが見たかったんだ…。

LA、NY、パリ、ローマ、ヘルシンキ。5つの都市で、一晩のタクシーと乗客のやりとりを描いた珠玉のオムニバス。

ストーリーはなんてことはない。それぞれの地でそれぞれのタクシードライバーがそれぞれに乗客を乗せて、他愛のない会話をしてサヨナラする。ただそれだけの映画だ。決してドラマチックなことは起こらない。劇的なドラマが起こりそうで、起こらない。それがジャームッシュ流だ。

でもそんかさりげないセリフの一言一言に、あるいはその表情の1つ1つに、その人物の性格がすごく出てたり、あるいは相手のセリフに心を動かされてたりするのが伝わってくる。

あるセレブは、ボーイッシュで「将来は整備士になるんだ」と胸を張る若いタクシードライバーの少女と出会い、その芯の強さに心を掴まれる。

おせっかいなヨーヨーが乗ったタクシーを運転していたのはろくに英語も喋れないドイツ移民ヘルムート。義妹と汚い言葉で罵り合うヨーヨーを見て、家族を戦争で失ったのだろうか、家族を持たないというヘルムートは「いい家族だ」と下手くそな英語で呟く。ヘルメットとヨーヨー、似たような帽子をかぶるどこか抜けてる2人。ヨーヨーと義妹は最後まで「ファッキュー!」と罵り合いながらも、ヘルムートのしょうもない大道芸と下手くそな運転に少し心を癒される。

パリ、コートジボワールから来た黒人の車に乗ったのは盲目の女。女は目が見えないにもかかわらず全身を使って目が見える人よりも多くを感じるのだと言う。運転手は、そんな彼女の前では自分の肌の色など無意味なのだと気づく。

やっぱりどれも最後までうまくはいかない。ボーイッシュなドライバーも女優の誘いは断った。ヨーヨーと義妹も仲直りしなかった。ヘルシンキの不幸な2人は結局不幸なままだった。でもなんだか悲しくはなくて、見た後に少し温かい余韻が残る。

こうして見てみるとタクシーでの会話ってなんだか地味なようで面白いなと思う。道ですれ違う人のように全くの偶然の出会いですぐに別れるものなのに、その短い間で会話があって何かしらの感情が動きうる。すごい確率で出会った2人は初めまして。そしてたった数10分の間でお互いの人生について断片的に知って、何かしらの感情を共有したりしなかったりする。そしてサヨナラが来たらもう半永久的に会うことがない。まるで人生の縮図のようで、なんだか美しいなと思う。

そんなテーマ性とか感情の動きといった面白さもありつつ、画面的にも終始オシャレでクールで可愛くてカッコいい。特にLAのボーイッシュドライバー。天井にラッキーストライクを括り付けるオシャレさ、風船ガムを破るパンクさ。開始5分でもう痺れる。

ユーモアセンスも抜群で、特にローマはもうギャグ回といっても良いでしょう笑大爆笑した。ここだけロベルトベニーニの1人語りだからほぼライフイズビューティフル状態笑パリ、盲目の女と黒人の話も最後がすごくブラックユーモアが効いていて鋭いなと思った。ドライバーにどんなに自信があっても、盲目の彼女に敵わないのである。

ヘルシンキ編の登場人物の名前アキとミカはやはりジャームッシュと親交の深いフィンランドの映画監督、カウリスマキ兄弟から取ったのだろうか。パターソンの時はそんなに思わなかったけど、この映画かなりカウリスマキ臭がある。個人的にはカウリスマキよりいろんな部分でキレキレな感じがして好きだ。

今後ちゃんと買って、事あるごとに見返したい作品。

寒い冬の夜、なんだか退屈な夜、人の温か見に触れた日の夜、一人であるいは大切な人と2人で温かいコーヒーでも飲みながら(欲を言えば吸いすぎよと言われるくらいラッキーストライクをふかしながら)じっくひと見たい映画。