きんゐかうし卿

うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマーのきんゐかうし卿のネタバレレビュー・内容・結末

3.8

このレビューはネタバレを含みます

 



『巻き戻され無限ループに陥った現実と云う虚構』

原作はおろかTVアニメ版も殆ど観た事が無く、実はアニメ自体が無知蒙昧なジャンルではあるものの自宅にて鑑賞。難解なモチーフをクール且つ可愛らしい絵柄で見せる。主観性と客観性、或いは時間や空間、意識の共有、心象面・物理面を含めた他者との距離感、自我に寄ったそれらの産物と云ったテーマが描かれ、“タクシー運転手”が“サクラ”に語り掛ける科白にそれらが凝縮されている。度々登場する「浦島太郎」における仮定のエピソード、云う迄もなくそこに本作の肝がある。好みの噺でもあるが、なるほどよく出来ている、存分に愉しめた。75/100点。

・夜半にのっぺらぼうのチンドン屋一行は正に悪夢で、ここのみでも立派なホラーシーケンス。このチンドン屋にも同行し、他にも現実が巻き取られる様な様々なシーンに登場するつば広帽子にワンピースと白で統一された衣裳を纏う少女が奇妙な存在である。ラスト近くで明かされる彼女の素顔(正体)は意外に思えたが、シリーズの他作を知らないので、詳細はお詳しい方にお任せする(ちなみにこの少女とフランケンシュタインと云う構図は『ミツバチのささやき('73)』そのものである)。本作の元となるシリーズの世界観やキャラクターの詳細、原作等を殆ど知らないが、この少女は有名なキャラクターなのだろうか。公衆電話を含め一斉に鳴り出す電話も気味が悪い。それらとは対照的に路地裏で大量の風鈴が横切るシーンや手掛かりを求め迷路じみた夜の校舎を探索するシーン等は幻想的である。

・同じ一日がリピートされる中、街中の人が消失すると同時に街が退廃して行く設定が興味深い。無限に繰り返される現実は本作以降、多数のフォロワーを産んだと思われるが、本篇内でも触れられる通り、古くは荘子の記した私は蝶になった夢を見ているのか、それとも人を夢見た蝶なのかと云う「胡蝶の夢」であり、このテーマや疑似体験・仮想現実、模造記憶等を手を変え品変え書き続けた感のあるP.K.ディックの「虚空の眼('57・他人の夢の共有と云う設定は本作と全く同じ)」や「時は乱れて('59)」他、彼の諸作を想起した。

・ネタバレとして、第三者による環境下でのコントロールされた日常生活と云う世界観や設定は、『新・世にも不思議なアメージング・ストーリー2('88)』に収録されている『シークレット・シネマ "Secret Cinema('86年4月6日米国TVにて初放送)"』、『トゥルーマン・ショー('98)』、『エドtv('99)』、『ダークシティ('98)』、『シグナル('14)』等に酷似している。

・本作はTVシリーズの一エピソード、'83年7月27日放送された第101話『みじめ! 愛とさすらいの母!?』が元ネタであると脚本を兼ねた監督が認めている。尚、TV放映当時、制作側から虚構と現実を往き来するこの様なのは二度とやるなと釘を刺され、大目玉を喰らったと監督は回想している。

・監督が絵コンテをきっている際の仮題は"Forever Dream"であり、製作時には"Remember Dream"と呼ばれていた。“サクラ”が“面堂終太郎”と“諸星あたる”を呼び出す際に宛てた手紙にある「ありおり侍りいまそかり(そもそもは古文におけるラ行変格活用の暗記法)」と云う文面は、小松左京が書いた「明日泥棒」に登場する“ゴエモン”の口癖から引用したらしい。

・本作のタイトルはスタッフロールが始まる直前迄表示されず、更にそこで写される校舎に在る時計台はロールが終了し、BGMがフェードアウトする中、画面が暗転する迄、チャイム(鐘)を鳴らし続けている。

・本篇前に表示されるロゴでも判るが、本作の権利は東宝が所有しており、その関係で劇場でかかっているコンテンツ(メタ的な劇中劇)の一齣や準備される学園祭のコスプレ、張りぼてとしてかの“キング・オブ・モンスターズ”やウルトラマン、バルタン星人、ピグモン、カネゴンと云った円谷のキャラクターも顔を出している。亦、シリーズ中、当時米国で唯一リリースされなかった一本(東宝が米国の上映権も所有してた為)であると云う。

・鑑賞日:2019年7月26日(金)