このレビューはネタバレを含みます
今まで観たハッピー系ゾンビ映画の中では、必要なものが一番揃っていて、その上で期待を上回る作品だったと思う。
すごくいいところもあるから好き、という作品とはまた違って。
このクオリティでこういう類のゾンビ映画が観られるのはとても満足いく。
主人公青年が外に出ても世界は終わってるので、世界を舞台に、ひきこもり感はそのままぬるく続く。
なぜか街には電気が通ったままというフィクションの優しさ。誰もいない街を全部自分たちで好きにできるハッピー感がよく生きている。
世界を守る時にはスーパーヒーローが、国を守る時にはスパイやや軍が、街を守る時にはFBIなど……そして世界が終わってしまった時に、小さい単位のグループを守るために活躍するのは、古きアメリカの象徴カウボーイ(なのかな。TWDもそうですね)。
彼と一緒にいるだけで安心感がハンパない。
やがて、主人公の引きこもり青年にも守るべき少女が現れる。
でもその少女にも、守るべき存在である妹がいる。なので、ボーイミーツガール、だけどお互いだけよければいいというわけではない。
後にカウボーイタラハシーが喪失したものが明らかになることで、疑似家族の安定感が抜群になる。
ロードムービーから疑似家族化して、ビバリーヒルズに皆で仮の実家を得る。
「まるで映画のような」家で、痛みを共有し、ヒロインの助けで過去の冴えなかった少年時代をやり直し、男として回復する主人公。
そして、世界が滅びる前から、親や男に頼らず二人だけで助け合ってきた、誰も信頼しない姉妹による、「主人公は本当に頼れる男なのか」という審査であるラストバトルへ…。
観ていて、皆が仲良くなってきたころに、「でも設定からして誰かは死ななきゃいけないな、でもそれはこの映画の良さを壊してしまうんじゃないかな、どうするのかな」とハラハラしていたら、ビル・マーレイの描写で、丁寧に、観客をフィクションの暴力から守りつつ、絶対に必要なイベントをクリアしていて驚いた。
ただのゾンビの格好をした人じゃなく、さらに実際の有名人だというのがすごい。フィクションの中の、フィクションの死。
タラハシーと犬の描写とかも含めて、ゾンビと暴力とフィクションの扱いがたくみに計算されていて、観ていてとても気持ちいい映画だった。
タラハシー役のウディ・ハレルソンは超イケてて、やばい奴感も超いい感じに出てて後で調べたらちょっとお騒がせな人らしく納得。